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トリトン・アーツ・ネットワーク

第一生命ホールを拠点として、音楽活動を通じて地域社会に貢献するNPO法人です。
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アーティスト・インタビュー

佐藤美枝子(ソプラノ)

佐藤美枝子(ソプラノ)&岩田達宗(演出)

岩田達宗プロデュース
~佐藤美枝子の「ルチア」

日本を代表するソプラノ歌手・佐藤美枝子と、各地から引っ張りだこの人気と実力を兼ね備えた演出家・岩田達宗がタッグを組んで贈る「岩田達宗プロデュース~佐藤美枝子の『ルチア』」。2022年10月に予定されていた公演が中止となった舞台が、ついにこの7月6日に上演の運びとなりました。前回は本番直前でのキャンセルとなっただけに、佐藤美枝子の上演にかける思いには熱いものがあります。岩田達宗も、この2年の間にさらに熟成させた演出プランを考えている模様。改めておふたりに、今回の公演への意気込みや、今この作品を上演することの意味についてうかがいました。
(取材・文 音楽評論家 室田尚子)

いよいよ2年前のリベンジを果たす時が来ましたね。

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佐藤 あの時はみなさまにご迷惑をおかけして申し訳ないという思いでかなり落ち込みました。そもそもルチアは、第11回チャイコフスキー国際音楽コンクール、第64回日本音楽コンクールで第1位という評価をいただいた、その後のオペラ歌手としての人生の出発点となった役です。それだけに私にとっては「特別」ですし、オペラ歌手をやめるその時までルチアを高いレベルで歌い続ける、ということが人生の目標でもあります。今回は一昨年を上回るクオリティでお届けすることが、私の果たすべき役割だと思っています。

岩田 コロナ禍を経てきたこの2年間で、いちばん変わったのはお客さまの反応だと思うんです。人と人とが集まることが忌避されるという事態を経験してきたので、「こんなに人が集まっていいの?」と驚かれる。だから逆に、人間が集まるとこんなにすごいことができるんだ、ということを贅沢に、率直にみせていきたいと思うようになりました。 

それは、人間そのものをより見せていく、という方向でしょうか。 

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岩田 最近僕がいちばん強く感じているのは、「本来の舞台の演技」が失われてきているのではないか、という危惧なんです。舞台の芝居とカメラの前でする芝居とは根本的に違うはずなのに、それがどんどん曖昧になってきている。舞台の芝居とは言葉を聴かせるものであり、役者の肉体はその言葉を運ぶもの。だから、言葉、オペラの場合それは歌ということになりますが、その歌と演技が一致しているということを、もっと強く打ち出したい。何よりも言葉=歌こそが演技であるということをお客様に伝えていこうと考えています。 

佐藤 今の岩田さんの「役者の肉体は言葉を運ぶもの」というお話をオペラ歌手に置き換えてみれば、「オペラ歌手の肉体は楽器である」ということになると思います。24時間365日楽器を持ち運んでいるわけですから、体が疲れすぎないようにしなければならないし、精神状態は常にニュートラルでなければならない。若い頃からそうした「制約」を自分に課すことが当たり前の生活を送ってきました。人間はつい楽な方に逃げてしまいがちですが、逃げないということが大事なんだと思います。歌手でい続けるということは、常に自分に向き合って生きていくことが必要なんです。 

岩田 僕は常々、オペラ歌手というのはアスリートである、と言い続けているんですが、今、アスリートの世界では、野球の大谷翔平やボクシングの井上尚弥のような新しい世代が出てきていて、彼らに共通しているのは人生のすべてを競技にかけている、ということ。そしてオペラの世界にも、例えば今回エドガルドを歌う清水徹太郎のようにそういう若者が出現しつつある。佐藤美枝子こそがその先駆者であり、彼ら若い世代にとっての規範、「光」になってほしいと思っています。ルチアとは「光」という意味ですから。 

ドニゼッティはイタリアのベルカント・オペラの代表的作曲家ですが、今日本できちんとしたベルカント唱法で歌える歌手はとても少ない。佐藤美枝子さんはその第一人者として知られています。 

佐藤 先ほどの「言葉を伝える」ということに繋がるんですが、声はただ出しているだけではお客様には何も伝わりません。きちんとしたメソッドに則って体を使い、空間に声を響かせることで初めて、言葉とそこに表現されている感情が伝わるんです。今、世界的にもベルカント唱法で歌える歌手が少なくなっているのは、もともと美声の持ち主だったりすると体を使って歌う、ということをしなくなっているからだと思います。 

岩田 それは悪い意味で「気持ちよく歌ってしまう」からだよね。 

佐藤 歌手にとっては歌うことが快感である必要はないんです。それよりも、お客様にこの声を聴くことが快感だ、と思っていただかないと。 

そういう意味では今回の『ルチア』は、これこそがオペラだ、というようなものが聴けるのではないかとワクワクしています。 

岩田 今回は合唱が出てこないので、5人の歌だけで構成された舞台になります。歌手の表現がより浮き彫りになり、登場人物が何を考えているのかがよりダイレクトに伝わるはずです。「オペラって何?」と聞かれたら「オペラ歌手だよ」と真っ直ぐに答えられる。そんな作品に仕上がるはずなので、どうぞ楽しみにしていてください。

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