2018年よりスタートした「小山実稚恵の室内楽」。6回目となる今回は「ブラームス、深く熱い想いをつなげて」の最終回。ヴィオラの川本嘉子さんとの共演です。今回の公演について、小山さんと川本さんにお話をうかがいました。
[聞き手・文/中村ひろ子(プロデューサー/翻訳者)]
このシリーズでのお二人の共演は今回が3回目ですが、共演を重ねて変わってきたところはありますか。(過去の共演の詳細はこちら ヴィオラ&ピアノ・デュオI ヴィオラ&ピアノ・デュオII)
川本:私はふだんオーケストラや室内楽で、ヴィオラの存在をアピールするために踏ん張っているような気分で弾いているんです。でも、小山さんはたおやかで......。デュオを重ねて、踏ん張りがほどけてきている気がします。
小山:何より、いねちゃん(註:川本さんは音楽家の間では「いねこ」と呼ばれている)の音楽が本当に素晴らしい。音楽を共にしてよかったという瞬間が作れます。調和を感じ取れた瞬間が本当に幸せだし、デュオだからこそのインスピレーションが得られて嬉しいです。
お二人のリハーサルを見ていると、呼吸を合わせることもせずスッと始めていらっしゃるようですが。
川本:それは、私も不思議です。ふつうだと、特に初めの音など「あっ、もう一回いいですか」ということが絶対ある。それが小山さんの場合はまったくないんです。
小山:いねちゃんの音を聴いていれば、というか、共に感じていれば、わかり合えるんです。
川本:小山さんがピアノの前に座って私が譜面台の前に立てば、そのまま始められる。ほかのひとではありえません。
小山:だってもう、いねちゃんの身体から"始まりの気"が漂うので、出だしの合図などなくても、スッと出られるんです。
途中も、アイ・コンタクトもせずお互いにただ弾いてらっしゃいますよね。
小山:見ませんね。それは、いねちゃんが長年オーケストラでヴィオラを弾いているからかもしれません。ここはこうくるんだなとわかる。
川本:協奏曲を弾くときピアニストはオーケストラ全部を見て弾くわけではないでしょう? だから「聞く」ことがすごく発達してらっしゃるのかなと。
小山:協奏曲のときも、ほとんど指揮者は見ないですね。聞いたり感じたりさえしていれば合うというか、見ない方が合う場合ってたくさんあるんです。
川本:ソリストは瞬時にあれだけの人数の音を聴き分けて判断している。私の方はオーケストラの中にいて、どちらに行くかを警戒している。立場は違うけれど、そういう警戒能力はあるのかも。
小山:警戒と予知みたいなのはありますね。それが音楽的に共鳴しあっていると、先の流れや息遣いが何となくわかる...。そんな感じですよね。
川本:でも小山さんと弾くときは、それすらもしないかも。危機感が一切ないんですよ。
小山:そう言われると、そう、実は私もです。自由度が高いんだと思います。
今回、ブラームスのソナタをあえてもう一度お弾きになるのは。
小山:ずっと弾きたい曲です。何回でも弾きたい。
川本:いつでも弾きたい2曲ですね。
ヴィオラ奏者にとっては特別な曲ですね。
川本:大学時代、ヨゼフ・スークさんの室内楽クラスでレッスンをしたんです。そこで出会ったのがブラームスの2番のヴィオラ・ソナタでした。大好きなブラームスにこんな曲があるのか! と、ものすごくうれしかった。あのレッスンがなかったら、ヴィオラに転向していませんでした。弾くたびに、あっ、ここは今まで思っていたのと違う! という発見がある曲です。お客様もまた聞きたいと思っていただけるといいなと。
権代敦彦さんの新作「無言のコラール集」について。委嘱されたきっかけは?
小山:越谷サンシティホールのシリーズで、権代さんの「時の暗礁 The Drift of Time」を弾いてすごいなと思って、いねちゃんにも相談して、権代さんにお願いしました。「ブラームスを中心にしたプログラムのときなど、いっしょに弾ける作品がほしい」って。
川本:私が権代さんの曲を初めて弾いたのは2010年にサイトウ・キネン・オーケストラで初演した「デカセクシス」です。彼はクリスチャンですが仏教的な感覚もあると感じました。それで、何かコラールのようなイメージの曲があるといいなと。
できあがってきた曲はいかがでしたか。
小山:これ以上ないくらいの力作です。精神性が深くて、だけど初めて聞く人にもおもしろい。その、おもしろいという意味はあまりにも興味深い、ということです。5曲全体は円を描いているような感覚ですが、ヴィオラもピアノも限界点に達するような音域と音量を求められます。緊迫感が凄くて、息を詰めて聞く、という感じなのかなと思います。いねちゃんは、あまりにこの曲がハードで、弾いていて酸欠に......。とにかく凄い曲です。
川本:権代さんがこの作品を書いていたのは、コロナでいろいろお考えになっていた時期だったんですよね。人が集まって声を合わせて歌うことができないときの「コラール」って何だろうと。それを、言葉にせずヴィオラとピアノで歌ったのが「無言のコラール」なんです。弾けば弾くほど独特な世界があって、神に仕える巡礼のような感じを受けます。
全曲初演は、6月の松本市音楽文化ホールでしたね。
川本:思い出しただけでも酸欠になりそうです(笑)。フレーズが長くて長くて。
小山:いねちゃんがリハーサルで「このまま死ぬのかなあと思った」とつぶやいたこと、忘れられません。
川本:権代さんは、私が「ここは楽器を落とすかもしれない、頸動脈がふさがって苦しくなってきます」といっても「ふーん......」て言って「......できるよね」でおしまい(笑)。
小山:彼は、たとえベートーヴェンの曲でもなんだか納得できないところがあるそうで、それなら自分で作曲したいと思って作曲家になった、とおっしゃっていました。それくらい、一音一音、すごい思いと決心で曲を書いている。だからこそ、何があってもご自分が納得しなければ絶対に譲らない。譲れないのでしょう(笑)
川本:というわけで、頸動脈を鍛えて命がけで弾きます。
小山:今度は初演とはまた違ったものが見えると思います。楽しみやら、怖いやら。