今年から開催されている「ウェールズ・アカデミー」については前回のインタビュー記事でまとめた通りだが、11月の本公演に予定されている5曲のうち、シューマンの弦楽四重奏曲第2番とR.シュトラウスの歌劇「カプリッチョ」より序曲(弦楽六重奏)を演奏するのが、菊川穂乃佳、清水里彩子(ヴァイオリン)、田口夕莉(ヴィオラ)、田上史奈(チェロ)の4人による「クァルテット・アベリア」。「カプリッチョ」にはウェールズ弦楽四重奏団のヴィオラ横溝耕一とチェロ富岡廉太郎が加わる。
[取材・文/林 昌英(音楽ライター)]
"名付け親"とのリハーサル
ウェールズから学ぶためにクァルテットとしてアカデミーに応募した4人の意欲は高い。
「私たち4人は元々ウェールズ弦楽四重奏団の大ファンで、このアカデミーで皆さんのアンサンブルスキル、音楽性を学びたいと思いました(田口)」
「ウェールズの皆さんの間の取り方、音色の寄せ方はどのようなリハーサルから生まれているのだろうと、とても興味を持ちました(清水)」
「弦楽四重奏において、どういった考えや思考回路、どの様な議論、リハーサルを重ねてコンサートに臨んでいるのか。第一線で活躍される方からそういった生きた教えを受けられること、一緒のリハーサルから学べることは計り知れず魅力的です(菊川)」
「ウェールズの皆さんに定期的にレッスンして頂けること、また第一生命ホールで共演させて頂けるという素晴らしい機会を頂けるということで応募しました(田上)」
実は「クァルテット・アベリア」という名前は、アカデミー期間中にウェールズのメンバーが考案して、正式に付けられたものである。ウェールズはいわば"名付け親"という特別な立場を引き受けたわけで、この4人にかける期待の大きさがうかがえる。
フレーズの意味を徹底的に掘り下げる
アベリアの指導役は共演者でもある富岡と横溝が担当することが多いが、彼らはやはりじっくりと小節単位で確認していく。取材したリハーサルでは、「カプリッチョ」冒頭4小節から多くの学びの材料を引き出し、特に内声パートを何度も弾き直しながら、精妙なハーモニーの綾とその意味を細かく押さえて、一人ひとりの音の繋げ方を共有させていく。﨑谷と同様に、フレーズの意味を掘り下げて共有することで、瞬間ごとの表現法の可能性がむしろ増えていくことを強調していた。
その重要性は「合わせの仕方、繊細な呼吸感、フレーズ感に毎回感動しています(田口)」「皆さんそれぞれに共通して教えて頂いたことは、フレーズを共有することです。いざ確認してみるとお互いの捉え方の相違が浮き彫りになり、それを共有するだけで曲の構造が一気に明瞭になりました(田上)」というコメントからも伝わるし、それを積み重ねるうちにあらゆる感覚が磨かれていく実感もあるようだ。
「自分たちだけでは気付かず通り過ぎていた細かい1つ1つの音に、これほどまでにこだわり、緻密に作っていくんだということに、毎レッスン驚かされています(清水)」
「アンサンブルにおいての技術やアイディアの引き出しを教えて下さり、今まで狭い枠の中で囚われていたところからとても自由な世界に足を踏み入れられたような感覚があります(田上)」
「アイディアを増やすきっかけをもらい、自らの考えをブラッシュアップしていく、という作業が楽しくて堪らないです。実際に一緒に演奏させてもらう中での気付きが貴重で、一瞬たりとも逃したくなくてスロー再生にしたい気持ちで過ごしています(菊川)」
シューマンとR.シュトラウスに打ち込む
今回アベリアが演奏する2曲は、真に深い理解とそれを表現するための成熟が求められる。ハードルは低くはないが、アカデミーで深入りできる機会だからこその選曲だったのだろう。
シューマン第2番は、「演奏会で弾かれることが少ない曲かもしれませんが、シューマンの愛や苦悩を感じる素晴らしい曲(田口)」であり、「めまぐるしく変わる表情や、特徴的なリズムのずれなど、消化するのがなかなか難しい曲で、自分たちだけでは解釈に悩んでいたところも多かった(清水)」という難曲でもあるが、毎回ウェールズの指導を咀嚼することで「感情が急に引っ張られたり止められたり置いていかれそうになったり、一度その波の中に入ると感情を支配されたままあっという間に曲の終わりまで運ばれます(田上)」とシューマンの世界に没入し始めている。R.シュトラウス「カプリッチョ」は、「室内楽の魅力が存分に詰まった曲で、ウェールズの皆さんと和声のぶつかりなどを味わいながら弾けることが本当に楽しい(清水)」という。
この2曲については「どちらも緻密な構築のもと成り立っていて、その奥深さと緻密さから、雲の上の様な存在に感じてしまう瞬間も多くあります。挑戦的な両作品ですが、紐解いていくごとに、この美しさがどういった内面や仕組みのもと表現されているかに魅了されるばかりです(菊川)」とのコメントの通り、作品への愛着と敬意を深めている。
視界を広げて、自由な演奏を
春のリハーサルの取材で、ウェールズのふたりは「特殊なことはやっていません。基本的なことが一度体に入ればアンサンブルが楽になり、全員を肯定しながらできるようになる(富岡)」「よく人の音を聴き、どういうウェイトやスピードで弾いているのか、それを感じ取ってから弾き始める(横溝)」と語っていた。言葉にすれば基本的なことだが、その伝え方は他では体験できない新鮮さがある。その際の菊川の「これまでの経験では、緻密になると目線が狭く頭が固くなることもありましたが、ウェールズの皆さんとのリハーサルの間は、細かい指導なのに視界が開けていき、選択肢が広がって見えてきます。それが本当に楽しいです」という言葉がそれを端的に表している。
さらに数か月経過したタイミングでアカデミーについて振り返ってもらったが、心から良い体験になっていることがよくわかる。各自の活躍はもちろんのこと、クァルテットとしての明るい未来につながっていくに違いない。
「アンサンブルに対しての向き合い方が自分の中で変わりました。普段の合わせからアカデミーで学んだことを思い出して、クァルテットとして成長していきたいです(田口)」
「今まで教えて頂いたことは、リハーサルの進め方や曲の構築の仕方です。実際アカデミーのレッスンを受けてからクァルテットでのリハーサルの進め方も大きく変わりました(田上)」
「アカデミーの経験は既に影響が大きく、どんな作品でもスコアの読み方、音楽の理解の仕方、相手の音の受け取り方が自分の中で変化していて、クァルテットのみならず、ソロ、他の室内楽、オーケストラ、どんな時にも活きることばかりです。今後は自分の音楽を相手に伝える力を成長させたいです(菊川)」
「今まで受けてきた室内楽のレッスンとはひと味違い、"このグループ(Quartet Abelia)で活動していく上で基盤となる音楽を作るにはどうしたら良いか"を教えてくださるので、早く様々な曲にチャレンジしたいという気持ちが高まります(清水)」
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