昨秋のショパン国際ピアノコンクールで第4位に入賞し話題となったピアニストの小林愛実さんが、トリトン晴れた海のオーケストラ(晴れオケ)と初共演します。パリの小林さんにオンラインでお話を伺いました。
[聞き手・文/田中玲子]
ショパン・コンクール入賞、おめでとうございます。コンクールのライブ配信を聴いていた矢部達哉さん(晴れオケコンサートマスター)が、小林さんの3次予選での《24のプレリュード》があまりにすばらしいとおっしゃって、今回の共演をお願いすることになりました。矢部さんがソロ・コンサートマスターを務める東京都交響楽団で、一足早く2月に共演されていますが、印象はいかがでしたか。
小林:とても緊張していたのですが、矢部さんがすぐに楽屋を訪ねてきてくださって、コンクールのこと、晴れオケのことなどお話ししてくださったので、心がなごみました。とてもお優しいお人柄で、指揮者の大野和士さんとおふたりで、「お互いアンサンブルを楽しんで弾こうね」と言ってくださって、楽しんで演奏することができました。
晴れオケは指揮者のいないオーケストラですが、指揮なしで協奏曲を演奏されたご経験は?
小林:初めてです。以前、弦楽四重奏とショパンの協奏曲を演奏したことはあるのですが...。これまでに弾き振りのお話をいただいた時は、もう少し指揮の勉強をしてからと思っていましたが、今回は、指揮はしなくてもいいということだったので安心しました。矢部さんも、「打ち合わせの時間をとって、お互いによくコミュニケーションをとってできたらいいですね」と言ってくださって、今から楽しみです。
モーツァルトのピアノ協奏曲第9番「ジュノム」は、矢部さんが、小林さんと晴れオケに合うのではないかと選んでご提案したものですが、演奏されたことはありますか。
小林:初めて演奏します。モーツァルトの協奏曲の中では有名な作品のひとつですし、初期の可愛らしい曲でいつか弾きたいなと思っていました。
私が初めてオーケストラと共演したピアノ協奏曲もモーツァルトでした。7歳の時に、第26番「戴冠式」を弾いたんです。それ以来モーツァルトを弾く機会をいただいていて、第20番、第23番、第27番...このあたりが多いのですが、私は第24番がとても好きです。モーツァルトって、すごく自由じゃないですか。センスのかたまりのような天才作曲家なので、論理的に組み立てる他の作曲家と違って...もちろん組み立てるのですが、その中にも、すごく少年らしさと天真爛漫さがあふれ出ている。どんな時でもジョーキーな(冗談を言っているような)作曲家なので、ステージの上で楽しんで演奏できる作曲家だと思うんです。モーツァルト特有の雰囲気がありますよね。「ジュノム」も矢部さんが色々と聴いてくださった上で提案してくださったので、私に合うのかなと期待しています。
7歳の時のオーケストラとの共演はどんな感じだったのでしょう?
小林:全然緊張しなくて、指揮者の先生と打ち合わせの時に、かくれんぼを始めてしまったくらい(笑)。たしか小学1年生ですね...。写真を見ると、ぼんやり思い出すのですが、よくは覚えていないんです。ただただ楽しく弾いていました。皆さんよく7歳の子どもといっしょに演奏してくださったなと思います。
小さい頃の動画も拝見しましたが、子どもの頃から自然に音楽に没頭して弾いていらっしゃいますよね。
小林:あの頃は本当にただ楽しく弾いていたんでしょうね。負けず嫌いというのはありましたが、何に勝ちたいということでもなく、ただ曲を弾きたいという楽しみだけでやっていました。モーツァルトのピアノ協奏曲第26番は、その時期2,3年弾かせていただいて、それ以来弾いていないんです。今弾いたらどうなんでしょうね。あの頃だから純粋に弾けたんだろうなとも思います。子どもの頃の動画を今見ると自分でも、指がよくまわるな、今より正確に弾いているなと感心します(笑)。練習がんばっていたんだな、と思ったりしますね。
小さい頃の、練習の想い出を教えていただけますか。
小林:ピアノは好きだったからやっていたんだと思いますが、練習は好きじゃなかったので、もちろん泣きながらやっていました。母がやるかやめるか、究極の二択しか持っていないもので、「やるならやりなさい」「やだ」「やらないならやめなさい」「やだ」。どちらも「やだ」でずっと泣いて。練習は嫌いでも、やめたくはなかった。結局は好きだからここまでこられたんだろうと思います。練習って楽しいものじゃないですよね。新しい楽譜を読んだり、勉強をしていて発見があったりと、楽しい練習もありますけど。
私はまず椅子に座るまでが遠いんです。今でもそう。目の前にあるのに座れなくて。ピアノ歴23年くらいの私でも始めるのはおっくうだから、それは仕方ないです。でも好きという気持ちさえあれば続けていけると思います。年々集中力は減ってきていると感じますが、スイッチが入れば、何時間でも弾けるんです。休憩をはさみつつですが、1日10時間くらいは弾けましたね。でも疲れないで効率よく練習するのも大事ですから今はそんなには弾きません。ショパン・コンクールの前でも、1日5,6時間でしたでしょうか。
練習はそんなに好きになるものじゃない。ピアノが好き、音楽が好き、それが一番大事ですよね。
第一生命ホールの印象は?
小林:第一生命ホールで最後に弾いたのは、たぶん10年以上前......1回か2回ピティナ・ピアノコンペティションで弾かせていただいたという、小さい頃の記憶があります。8歳くらいの時には、絶対弾いているんです。橋を渡って行くホールですよね。なつかしいイメージですが、幼かったのであまり覚えていなくて。今度演奏させていただくときはしっかり覚えておきますね。
トリトン・アーツ・ネットワークは、第一生命ホールの主催公演と並んで、ホールの外に出て音楽をお届けするアウトリーチを行っています。小林さんが学ばれたカーティス音楽院では、アウトリーチをするコースが必修と聞いているのですが、そのような活動をされましたか。
小林:はい。「ソーシャル・アントレプレナー」というコースが必修で、私も介護ホームに4回くらい通って、音楽について話をして1時間の演奏会をしました。楽しかったですよ。何回か伺ううちに、おじいちゃん、おばあちゃんが待っていてくれるようになり、たくさんの方が聴きに集まってくださって。ずっと施設にいて演奏会に行く機会がない方が、「私のピアノでこんなに楽しんでくれるんだ」と思うと、逆にこちらが幸せな気持ちになりました。
モーツァルトを「センスのかたまり」と言う小林さん、実は、矢部達哉さんも小林さんのことを「すばらしいセンスの方」と評していました。晴れオケとのモーツァルトでどんな演奏を聴かせてくださるか楽しみです。