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トリトン・アーツ・ネットワーク

第一生命ホールを拠点として、音楽活動を通じて地域社会に貢献するNPO法人です。
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アーティスト・インタビュー

(C)Hiromichi Uchida

小山実稚恵(ピアノ)

皆が思うがままに大きな流れに身をゆだねて音楽ができる悦びを

 「小山実稚恵の室内楽~ブラームス、熱く深い想いをつなげて」は、日本を代表するソリストとしてのみならず、室内楽奏者としても鋭敏で繊細極まる感性と多彩なテクニックで輝きを放つピアニスト小山実稚恵さんが、深い共感と信頼で結ばれた音楽家たちと奏でる、音楽への喜びあふれるシリーズです。
 矢部達哉さん(ヴァイオリン)、宮田大さん(チェロ)とのピアノ三重奏、川本嘉子さん(ヴィオラ)とのデュオなど、これまでの演奏会はいずれも大きな話題と感動を呼んでいます。
 今回のプログラムは、アルティ弦楽四重奏団とのブラームスのピアノ五重奏曲、そしてコントラバスに池松宏さんを迎えてのシューベルト「ます」です。

[聞き手/文:田中玲子(トリトン・アーツ・ネットワーク)]

室内楽を演奏するということ

毎回この「小山実稚恵の室内楽」では、本当にすばらしい演奏をありがとうございます。矢部達哉さんは、「小山さんは共演者が何をやりたいかを常に先に察知して、まるで魔術師のように歩きやすい道を先へ先へ作ってくださる」「魔法のじゅうたんの上で弾いているよう」とおっしゃっています。

小山:第一生命ホールでは、すばらしい方たちとばかり共演させていただいていて、特別な気持ちです。ピアノという楽器が、多様で音量幅も大きいだけに室内楽では存在感が大きくなりすぎるきらいがあるので、それをどうコントロールするかということはいつも考えています。他の楽器の方たちが音楽の事だけ集中できる時は、私自身も音楽に集中できる時。それが一番うれしいことなのです。演奏しながら、なにか気になることがある時は、やはり音楽から少し離れてしまいます。そうすると、何かを整えながら演奏することになるので、音楽と完全に思いを向き合わせることができなくなる。合わせようと思いながら演奏するのは、あまり良いことではないのです。奏者全員が思うがままに大きな流れに身をゆだねながら音楽を作り上げる、そんな悦びがなければと思っています。

演奏家の皆さんが大きな音楽の流れに集中できるように考えて、ピアノを弾いていらっしゃるのですね。

小山:やはり自分もそれが心地いいので、そうなるのだと思います。あとは、本番の妙、ですね。この方は本番ですごく変わりそうなタイプだな、とか。

そんなことも考えていらっしゃる?

小山:もちろんそれは重要で、共演する方の性格によってもの凄く違います。「本番でもそれほどは変わらないタイプかな」とか「変わりそうなので、柔軟に合わせるように持っていこうかしら」など考えますね。
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例えば、矢部さんと宮田大さん(チェロ)とのトリオですが、3人共もの凄く違うタイプだと思います。そして、深いところで3人共が信じあっている。
宮田さんは、ご自身の中ではおそらくリハーサルと本番とで、意識的に音楽を大きく変えたりはあまりされないタイプのように感じるのですが、それだけではないのですね。共演者が変われば、即座に反応して変わられる。音楽は大らかに深い呼吸で歌われるのに、感性は驚くほど鋭敏でいらっしゃるのです。小さな変化もすぐに感じ取り、自然に受け入れて演奏に反映される。どのようにも合わせられる高い技術を持っているということもあるのでしょう。凄いな、と思います。
矢部さんは、ご自身の基本的な音楽信念はリハーサルも本番も変わらないのですが、本番の響きや演奏者の様子でふっと、間合いを取ったり、呼吸を変えたりもされます。私は矢部さんを見ていると「身体中すべての毛穴が目のような人」と思うのです。強靭な精神力ですし、とにかく周りが見えている方だと思っています。「このチームならここまでなら大丈夫」と判断して、時にはすべての遠慮などなしに自由に弾かれる瞬間もありますね。透明に輝く音色の美しさ、繊細さは最高の魅力ですが、一見"静"に見えながら過激さを持ち合わせているところが真の魅力なのではないでしょうか。矢部さんや宮田さんと演奏する時は、音楽づくりの骨子は決めていますけど、もう最終的には、「ここで合わせよう」などということは考えず、本番その場その場で、聴いたり感じたりすることから100%作っていきます。
20201212Koyama_Kawamoto_(C)OkuboMichiharu_OR08834_S.JPG川本嘉子さんとのデュオの時もそうですね。川本さんは本番で秘めていた内面が表に出たときはもうリハーサルとは全然違う。きちんと音楽を創りこんでいく箇所は、考えてびしっと。大地に根を張る大きな古木のような重量感と、鬼気迫る気迫がもの凄く感動的です。とにかく皆さん性格が色々で、共演させていただけることが幸せです。そして共演は本当におもしろいのです。
室内楽の時は、唯一ピアニストだけが全員のパートが書かれた楽譜を見て演奏していますから、自分のパートよりも人のところを見ていた方が演奏しやすいくらいです。それほど本番では変わることもあるので、その度に「おお......!」と思っています(笑)。オーギュスタン・デュメイ(ヴァイオリン)とのデュオや、最近亡くなられたイヴリー・ギトリス(ヴァイオリン)とマリオ・ブルネロ(チェロ)とのトリオも、本番では全然違っておもしろかったですよ。というか、なんのためのリハーサルだったのかな......と本番で思いました(笑)

アルティ弦楽四重奏団と溶けあうピアノ

リハーサルと本番ではそんなに違うものなのですね。アルティ弦楽四重奏団との五重奏はいかがですか。

20180930KoyamaMichie_AltiQ(C)OkuboMichiharu_K1L0905_S.jpg小山:アルティはどちらかというと綿密で克明な印象があります。リハーサルと本番とでもの凄く違ったという印象はあまり持っていません。音楽は一期一会ですから、もちろん二度と同じ演奏はないわけですが、それでも特に豊嶋泰嗣さんが第1ヴァイオリンの時は、基本的には王道の音楽です。曲が始まって、最後まで見通せるような感覚というのでしょうか。だから、それが楽しみです。また矢部さんが第1ヴァイオリンの時は、綿密な音楽の作りがさらに細分化されるような雰囲気が漂います。ミクロの世界を見る思いです。アイディアは加えられますが、矢部さんもアルティの時はトリオの時よりもピッとされているというか、小さな針の穴に糸を通すような細やかさで演奏されますね。弦楽四重奏は、高低差はあっても同じ響きの楽器が集まっていますから、1つのピアノの中でどの声部を受け持っているかという感じに近いのかもしれません。ハーモニーも音程をちょっと高めに取るか低めに取るかでも印象が変わるほど繊細ですから、ピアノと弦楽器で構成されるデュオやトリオより、もっと綿密さが求められるのでしょうね。

小山さんが演奏されると、その緻密な弦楽四重奏にピアノが加わっているのに、音楽が一体化して聞こえます。

KoyamaMichie_(C)HidekiOtsuka_MG_0757_S.jpg小山:ピアノは1音1音の音程が決まっていますが、それでも弦楽器のように音程を感じながら、高めに、低めに、と鳴らす気持ちでピアノを弾いています。気持ちを込めればピアノの音程だって少しは変わる、本当にそう思うのです(笑)。私の、その、弦楽器に寄り添いたいという気持ちを汲んで、きっとアルティの皆さんが、ピアノと調和する美しい音程を響かせてくれているのですね。

ピアノからも弦楽四重奏からも寄り添っての、あのピアノ五重奏のハーモニーなのですね。アルティ弦楽四重奏団は、ヴァイオリンが矢部さんと豊嶋泰嗣さんで曲によって入れ替わりますね。

小山:ヴァイオリンの豊嶋泰嗣さんの音は、矢部さんとどちらかというと対極的な感じがしますね。矢部さんは、音楽性も、人間性も、クリスタルというか、鉱物、宝石のような輝きを持った透明性があって、明るい音色ですよね。豊嶋さんの方は、大島紬のような、絣の着物のような触感と色合い......収穫前の麦やお米の房のような、乾燥しているんだけど乾いてない、自然界の厚みとしなりを感じたりします。同じヴァイオリンでも、なぜあんなに違うのかと思います。もちろんピアノとは違って、自分の楽器だから余計に違うのだと思いますが、自分の思う音作りができるのでしょうね。

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アルティでは、ヴァイオリンのおふたりもそうですが、川本さん、上村昇さん、それぞれ違うタイプのすばらしい演奏家が集まって、弦楽四重奏団として長く続けていらっしゃるのが魅力です。

小山:それぞれが音楽家として尊敬しあっているからでしょうね。私も音楽家として分かります。皆の能力が高いゆえに、お互いのすごさや、自分にないものを持っていることが魅力だということが分かっているのでしょうね。リハーサルで合わせると、「ああ、こうやって音楽づくりをするんだ」と感じますが、皆さんやはり集中力がすばらしいですね。その集中力が4人分集まると、大変なことになるわけです。それから、もの凄く知的だとも感じます。音の意味を一音一音考えつくしている。4人がどのような和声を組み立てているか、ですね。常に立体的に音楽を捉えていて、動きを他の楽器に託す時も、すごく想いを込める。その想いを感じながら弾くと、本当に幸せだなと思います。だからとても勉強になりますね。

弦楽器の方と共演することで、気づかされることがあるということなのですね。

小山:弦楽器のパートはシンプルなだけに、1つの音への想いの込め方が深い。そこに注ぎ込むエネルギーがあるから、構築性があったり、綿密さが出たりして、その人の音楽が編み出されるわけですね。それをすぐ横で見たり聴いたりして感じながら弾くなんて、冥利に尽きます。ピアノは一人でメロディも内声もバスも演奏するので、自分の中でついつ集結してしまいがちなのですが、そういったことがない弦楽器の方たちに、音楽の真髄を習っているような気持ちになります。

よく弦楽四重奏で、ここは内声の刻みが運んで行く、と言ったりしますね。

小山:次への道筋は内声が作っていますから、ピアノ五重奏では、内声を弾いている第2ヴァイオリンやヴィオラの動きとピアノがどう共鳴していくかが重要です。ただ、内声を弾いている時には、内声のパートだけを持っているのではなく、自分でもメロディの第1ヴァイオリンを歌いながら(内声を)弾いている、という感じです。

常に音楽全体を感じていらっしゃる......。

小山:もちろん、全員がそうだと思います。そのはずです。その時にピアノとたまたまいっしょに手を動かしているのが、チェロだったり、ヴィオラだったりするけど、結局は、内声ありきで、だから主旋律は歌うことができる。奏者がどこのパートを弾くかではなくて、音楽を奏するために、今弾いているパートが必要なのだ、ということなんですね。自分が弾いているパートと、別の楽器が弾いているパート、結局、音を出しているのは自分のパートですが、全員が全部を弾いているようなことなんだと思います。

コントラバスには池松宏さんをIkematsuHiroshi_S.jpg

室内楽を演奏している時、演奏家の方はそんな感じなのですね......! 12月の公演では、シューベルトの「ます」のコントラバスに池松宏さんをお迎えします。

小山:前に一度だけ池松さんと演奏した「ます」が忘れられないんです。池松さんが、(ニュージーランド交響楽団の首席奏者となって)ニュージーランドに行かれる前ですから、もう15年ほど前ですが、一音一音に魂が宿っていて、本当にすばらしくて。私の中で特別な「ます」です。ですから今回共演できることが、すごくうれしいですね。それこそ池松さんのコントラバスは、コントラバスのパートを弾きながらもコントラバスのパートだけ弾いているのではなく、音楽全体を動かしていらっしゃるのだと思います。


室内楽で様々な方と共演しながら、色々なことを発見し、吸収し、その上でその場で起こることを察知して音楽の大きな流れに自身もそして共演者も集中できるように道を整え、それを悦びとして音楽に昇華させていく......小山実稚恵さんの奏でる音楽を聴くと、希望、光が見える、その理由の一端を垣間見させていただいた気がしました。
矢部達哉さん称するところの「小山実稚恵さんの魔法のじゅうたん」に乗った、名手どうしの音楽の対話をどうぞお楽しみください。