優れた個性たちが、同じ方向を見つめて融け合うときにこそ生まれる、室内楽の深さと力と。アンサンブルの愉しみに焦点を当てる本シーズン2組目のご登場は、8月25日(水)の第26回、アンサンブル・ミクスト(木管五重奏)の皆さんです。
――2003年に東京藝大の学生たちによって結成された、なにしろ生き生きと色あふれる木管五重奏。その見事に融ける呼吸で5人がひとつになり‥‥しかし音色も特質も異なる5つの楽器の個性が、緻密な響きのなかにしっかりとそれぞれの味わいを残し、この編成にしか生み得ない時間をつくってゆきます。
木管五重奏の魅力を(初めてのかたにも、よくご存知のかたにも!)愉しんでいただけるように、お耳なじみの名曲から、極めつけの傑作まで、バラエティに富んだプログラムを組んでいただきました。
優しさと、愉しさと、鮮やかな喜びと‥‥、この明るい生命力をぜひ、すぐそばで体感してみてください。
夏休みでもありますし、お子さんも学生さんもお越しいただけるかと思います。もちろんいつものように、全世代の皆さんに愉しんでいただけることを確信しつつ‥‥コンサートを前に、メンバーの皆さんにお話を伺いました。梶川真歩さん(フルート)、本多啓佑さん(オーボエ)、尾上昌弘さん(クラリネット)、嵯峨郁恵さん(ホルン)、中田小弥香さん(ファゴット)の5人が、それぞれの楽器の立場から語る木管五重奏の魅力、作品の面白さ、アンサンブルの醍醐味‥‥たっぷりどうぞ。
[聞き手/構成:山野雄大(音楽ライター)]
《昼の音楽さんぽ》シリーズへの出演、ご快諾いただきましてたいへん嬉しく存じます。このシリーズで〈木管五重奏〉をお迎えするのは初めてなので、まず基本的なところからお話させていただこうかと思います。
今回お聴きいただく〈木管五重奏〉というのは、フルート、オーボエ、クラリネット、ホルン、ファゴット、という5つの楽器がアンサンブルとして響きあう、とても素敵な編成です。
それぞれの楽器が、発音のしかたも、音色も、特長もかなり異なりますから、五重奏のアンサンブルも難しいのではないかと思いますが、だからこその喜び・愉しさ・吹き甲斐もいろいろあろうかと思います。
他のアンサンブルと〈木管五重奏〉の違いを、楽器の立場からお伺いしようと思います。
梶川真歩(かじかわ・まほ/フルート):まず〈木管五重奏〉でのフルートの役割は、ほかのジャンルと比べてかなり違うと思います。
たとえば弦楽器と一緒に〈フルート四重奏曲〉[フルート、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ]を演る場合は、フルートがソロ楽器として主役にならなければいけない編成です。
いわば、フルートが他の楽器を従える王様ですよね(笑)。
梶川:そうです(笑)。ところが、〈木管五重奏〉を演っているときは、フルートが伴奏に回ったり、低音で刻みをしたりとか、王様がふだんやらないような仕事を(笑)やることになります。そういう〈いつも主役ではないフルート〉を体験できるのが、この木管五重奏でもあります。
個性の異なる管楽器それぞれが、主役にもなり、支え役にもなり‥‥と。
梶川:いま私はオーケストラ[NHK交響楽団]でセカンド・フルートを吹いていますが、そこでの仕事と似ているな、と思うところもたくさんあったりします。ですから、オーケストラに入る前から木管五重奏を出来ていたことは、すごく勉強になりました。それはたとえば、〈低音の支えをするときにどうすればいいのか〉とか〈内声のつくりかた〉とか、木管五重奏で学ぶことは多いです。
逆に言うと、木管五重奏のなかに、オーケストラ的な豊かさも可能性として含まれているようにも感じますが、5人という小さな編成だからこそ、フルートもあらゆる役回りを担う面白さがあるんですね。
梶川:かなり幅広い仕事をする編成だと思います。
また、楽器の変化という点でいえばフルートも、昔のキーの無かった楽器から、キーが出来て、また金属管が出来て‥‥と変わってきました。音量も大きくなりましたし、指のテクニックの点でも、ベーム式[19世紀中頃に開発された、フルートの画期的なキーシステム]になってから、すごく細かい動きをするようになったので、迫力のあるパッセージを吹かなければならなくなってきました。
木管五重奏の場合、ライヒャ[1770~1836/ベートーヴェンと同時代に活躍した作曲家。アントニン・レイハとも。木管五重奏の傑作多数]の時代の作品と、今回のコンサートで演奏するヒンデミット[1895~1963]のような近現代の作品とでは、フルートの使い方も全然違いますが、かなり幅広い仕事をする編成だと思います。
今回はまず、ロッシーニの歌劇《セビリアの理髪師》序曲という、オーケストラを軽快に歌い響かせた傑作を木管五重奏版で聴かせていただけるという。タイトルをご存知なくとも、聴けば「ああ!」と思われるような名曲ですね。
中田小弥香(なかた・さやか/ファゴット):オーケストラ曲からの編曲ですが、アレンジがとても上手く書かれているんです。木管五重奏でもそのまま楽しんで貰えるね‥‥と私たちは2014年からレパートリーに入れています。
原曲をご存知のかたは、この曲をたった5人で演るんだ!とびっくりされるんじゃないですかね。
中田:途中で出てくる印象的な旋律は、ホルンのメロディもファゴットのメロディもそのまま残っていますし、クラシック音楽のファンの皆さんなら耳馴染みのメロディが、この5本の楽器に次々出てくるのを堪能していただけます。
うちのメンバーは皆、古典派やロマン派の音楽が好きなので、今回の選曲もいろいろ考えたのですが、この華々しい《セビリアの理髪師》をぜひと。
軽妙洒脱な雰囲気に溢れた愉しい曲ですけれど、演奏はけっこう難しそうですね。
中田:それぞれ休みなくいろんなパートを吹いていますので、前回演奏したときも、この曲だけで体力を使い果たしそうになりましたが(笑)、メロディから裏方に回ったときの吹き方の違いなど、本当に勉強になるんです。
あと、バランスですね。こういうアレンジものでは、5人がずっと一緒に吹いていることが多いので、その中でメロディが浮き立つようにバランスを調整したりするのも大切です。ブレス・コントロールもとても重要になってきますし。
こういったところが、アレンジものの大変さでもあると同時に、演奏し甲斐のあるところなんです。
同じくアレンジものとしては、モーツァルト《きらきら星変奏曲》(フランスの歌《ああ、お母さん聞いて》による12の変奏曲)も、どなたもご存知のあのメロディが色とりどりに姿かたちを変えてゆく、とても愉しい作品です。
嵯峨郁恵(さが・いくえ/ホルン):私たちのCDにも入れていた作品ですが、元がピアノの曲なので、ほかの曲とも視点を全然変えて聴いていただけたらと思います。
この曲では、楽器が〈混ざり合っている〉場面も多いんです。たとえば、ホルンがファゴットと同じメロディで動いていたりするんですけど、ふたつの楽器が同じひとつの楽器になったような、融け込む感じが聴けるかなと。これは編曲作品ならではの醍醐味だと思います。
ロッシーニやモーツァルトで、木管五重奏の豊かな愉しさをご堪能いただけれると思いますが、この編成のために書かれたオリジナル作品もまた、とても面白い曲を用意していただきました。
20世紀ドイツの大作曲家・ヒンデミットの〈小室内楽曲〉は、タイトルこそ無愛想ですが(笑)とてもいい曲ですね。
梶川:今回のコンサートでは、〈木管五重奏のために書かれたオリジナルの作品〉を必ず取り上げたいな、と思っていたんです。
木管五重奏の代表的な曲をお聴きいただきたい、ということで今回、ヒンデミットの〈小室内楽曲〉Op.24-2 を候補に挙げました。私たちが大学の授業で〈木管五重奏〉を選択すると、必ず試験でこれを演るというくらい、スタンダードな曲なんです。
木管五重奏の歴史を考えると、他にも候補として挙げていたライヒャの作品が、プログラムの流れを作りやすいかな‥‥とも思ったのですが、ライヒャの曲は長いですし、お客さんが聴いてどうか‥‥というところを考えると、ヒンデミットの方が受け容れやすいのではないか、ということで選びました。
ヒンデミットという作曲家は、自身がヴィオラの世界的名手だったこともあって、演奏家のことをよく理解して書かれた作品が多いといわれます。管楽器のためにも数々の傑作を残して、演奏家の皆さんにも深く敬愛されている作曲家だと思いますが‥‥。
本多啓佑(ほんだ・けいすけ/オーボエ):ヒンデミットの作品では、彼が考える管楽器、オーボエやフルートなどそれぞれのキャラクター、楽器のイメージがはっきりしているなぁと思います。
今回演奏する〈小室内楽曲〉は全5楽章の作品ですが、短い第4楽章では、おそらくヒンデミットが考えているであろうそれぞれの楽器の特徴、を反映したカデンツァ[独奏者の自由な演奏部分]があるんです。そこも聴きどころですね。
本多さんのおっしゃる〈ヒンデミットが持っている楽器へのイメージ〉は、プレイヤーの立場からご覧になると、いかがでしょう。なるほど‥‥と思われますか、それとも、違うんだよなぁ‥‥とか思われたり(笑)。
本多:他のかたがどう思われるか分かりませんが、オーボエ奏者からみると「あぁ凄いなぁ!」と思いますね。
もちろん第4楽章のカデンツァもそうですし、第3楽章でリズムに乗せてオーボエやファゴットが吹く、砂漠を歩いているような、ちょっと淋しげなメロディなど、吹いていて気持ち良いところで歌わせてくれるんです。やはり、分かってらっしゃる作曲家だなぁと思いますし、素敵な作品です。
尾上昌弘(おのうえ・まさひろ/クラリネット):僕はヒンデミットがすごく好きで、彼のクラリネット・ソナタもとてもいい曲です。今回演奏する木管五重奏のための作品でも、最初からクラリネットに素敵で面白いメロディを吹かせてくれています。素敵なメロディで目立たせてくれるだけでなく、いろんな音域を使ってくれていますし、クラリネットの可愛らしい音色から、滑らかに繫がってゆく美しい表現まで、いろいろ面白いところがあるんです。クラリネットにさまざまな役割を担わせてくれて、愉しい作品です。
今回のコンサートでは、近現代フランスの音楽からも、イベール〈3つの小品〉(1930年)を演奏していただきます。これはまた、ヒンデミットなどドイツ音楽とはまったく違う世界ですね。
梶川:私はフランスに留学していたこともあって[パリ・エコールノルマル音楽院、パリ地方音楽院卒]、フランス音楽にはこだわりもあるのですが、ドイツの作品とフランスの作品はお料理や絵画の様に、作りや歌い方の特徴が違うと思っています。
まずドイツ音楽の場合、リタルダンド[だんだん遅く]するにしても、アッチェレランド[だんだん速く]するにしても、点の運びが均一に動いているような感じがするんです。
それに対してフランスものの場合、香りや浮遊感が立体的に動く感じがします。
たとえばリタルダンドの場合も、均一ではなくそこに曲線がある‥‥という感覚。ドイツものの直線的なリタルダンドではなく、曲線的なリタルダンドという感覚がなければならない。そういう点で各奏者のセンスが出せますし、歌いかたのみせどころが、よりソリスティックになってゆくのかな、という感じがします。
なるほど‥‥。とても分かりやすく違いを感じられるお話です。
梶川:今回演奏するヒンデミットも、彼独特の、いろんな音程で不思議なハモりかたをしながら動いてゆくところなど、割と直線的なんですよね。そういう点でも、フランスのイベールとはかなり作り方が違うと思います。
ヒンデミットは力強く、幾何学模様のパズルのように作りたいなと思っているのですが、イベールの作品では〈タッチに曲線がある〉というか、より自由に描く感じでいきたいな、と思っています。
本多:梶川さんのお話を聞いていて僕も思ったのは、たとえばイベールの作品でも、ヒンデミットの作品でも、どちらにも同じような刻みが出てきたりするのですが、イベールのほうは軽い感じというか、ちょっと重心が上にあるような感じがあるのですが、ヒンデミットだと、同じ音型でもしっかりと刻んで前へ進んでゆく‥‥というような違いがあるかなと感じます。
譜面の上では比べても同じような音符の並びでも、演奏するときには感覚が全然違うわけですね。
尾上さん、クラリネットのお立場からはいかがでしょうか。
尾上:イベールは昔から何度も演奏してきて、お洒落で軽やかな感じを表現するのが難しいなぁ‥‥と思いつつ、フランスでしっかり勉強してきた梶川さんをうならせたいと思っているんですが(笑)。今回も、イベールならではの淡さであるとか、きらきらした感じを出せるように頑張りたいと思っています。
仲間からいろいろ刺激を受け続けることができるのも、素晴らしいことですね。
尾上:はい。フランス仕込みの梶川さんから、こういう風に演ったほうが‥‥と言われるのも勉強になりますし、ドイツで学んだ本多君が言っていたように、刻みかたひとつでもドイツとフランスでは違うというあたりも、聴いていただくかたはメロディを楽しむだけではなく、そうした裏方の同じような動きでも全然違うところまで、しっかり表現する予定なので(笑)ぜひ楽しみにしていただきたいと思います。
ホルンのお立場からも、嵯峨さん、イベールとヒンデミットの違いなどお伺いできれば。
嵯峨:今回演奏するヒンデミット作品もイベール作品も、ホルンは伴奏に回ることが多いのですが、伴奏のなかでも色を変えなければいけない場面が多く出てくるんです。本多さんが仰っていたように、同じリズムでも変わったり。
ヒンデミットでは、地に足のついた、濃度のある音色が求められている箇所が多いんです。ホルンの力強さが見えてくる作品だと思います。
逆にイベールは‥‥フランスの作品がすべてそうだというわけではないんですけれども、今回取り上げるイベールの〈3つの小品〉は、〈地に足がついたら負け〉ではないですが(笑)、跳ね上がりたい軽やかさがあります。
語尾というか、音符の最後のほうはシャボン玉のようにふわっと消えたい。いかに空気感を出せるか‥‥そういう軽やかさを、ホルンの伴奏でも出したいと思います。
微妙な違いをとても明快なイメージでお話くださってありがたいです。
木管五重奏を構成する5つの楽器、それぞれが時代と共に、機能や奏法、音色などずいぶん変化を遂げてきました。なかでも、ホルンという楽器も、ロマン派以降かなり変わっていると思うのですが、〈木管五重奏〉というジャンルにおいて、ホルンに課せられた役割なども、楽器の変化に伴って変わったりもしていましょうか。
嵯峨:古い時代のライヒャの作品ですと、ホルンの持っている仕事としての〈役割の幅広さ〉というか‥‥。ホルンが伴奏に回っていたかと思うと、すぐさま間を受け持つオブリガート[助奏]みたいなものになる、かと思いきや、いきなりメロディに移る‥‥といったような、慌ただしさのような(笑)ものがあります。ヴァルブ無しで吹くには難しいパッセージも多いので技術の高い方が多かったのかなと想像します。
ヴァルブホルンが出来てからは可能性の幅が広がったと思います。
大活躍ですね。
嵯峨:はい。その〈慌ただしさ〉は表現を変えると、いろんな役割へ軽やかに移ってゆく、早変わりのような印象でもあります。ライヒャの時代は、ナチュラル・ホルン[現代のホルンと違ってヴァルブを持たない楽器]を使っていたので、手の動作で音程を変えたりしていたことが、そういう役割の多さに影響していたのかも知れませんね。
ですからライヒャでは、ホルンが他の木管楽器と同じ役割を受け持つことも多いんです。フルートとファゴットがやっていたことを、ホルンとオーボエが一緒に追いかけっこで動いてゆく、ということもあります。
時代背景によって、また作曲家によって楽器の使い方は違いますが、どれも素敵です。
逆に言うと、ナチュラル・ホルンにも相当なことが要求されていた、わけですね。
嵯峨:そうなんです(笑)。割と難しいパッセージが多くて。ただ、繫がっている音階というかフレーズの場合、手のほんのちょっとの動きと、口のきゅっとした動きとで、意外と出来てしまうものなんです。ただし、低音域は非常に難しいです。もしかしたら、イメージとしては、トロンボーンがスライドを動かして吹いている、あれを手でやっているような感じ。それで、たららららっと繫がるフレーズが多用されていたのかも知れません。曲によりますけれど。
ナチュラル・ホルンの時代は、口の動きと手の動きで音程を変えていたわけですが、それは表現にどのような影響があるのでしょうか。
嵯峨:ナチュラル・ホルンでは、ストップになっている音[ベルの中の右手の位置を変えて音程を上下させている音]は、少し金属的だったり、ストップしていない音に比べると弱くなってしまうんです。現代の楽器ではそれがなく、音階の全ての音を、隔てなくフォルテ[強奏]の通る音で吹くことができるんです。
ですから、譜面にフォルテと書いてあっても、それがストップの音に書いてあったら、その当時の楽器を考えると、ただ強く吹くのとは違うんじゃないか‥‥というようなことは意識します。ホルンが一番に鳴るフォルテではなく、他の楽器が主体になるハーモニーなんじゃないか、ということですね。
楽譜の一音ごとにさまざまな可能性があるわけですね。
嵯峨:ライヒャ作品を吹くときなど、これはアンサンブル・ミクストの合わせ練習ではやらないことですが、個人的な練習では、[ヴァルブを動かす]指を使わずに、ナチュラル奏法で吹いてみたりします。それで変だったら〈あ、これは現代的には合わないな〉ということで、あまりやりすぎないようにします。
という風に、ストップ音かそうでないか、というのは若干意識しています。逆にオーブン[自然倍音で吹ける音]は、思い切り力強くいこう‥‥とか。
〈楽器と時代〉はたまた〈木管五重奏の歴史のなかでの楽器の変遷〉についてのお話もあれこれお伺いしておりますが、ファゴットの場合はいかがでしょう。
中田:木管五重奏の中では、基本的な役割は変わらないのですが、昔の作品のほうが、ベースラインとして務める役割が多いですね。
現代になればなるほど‥‥今回のコンサートで演奏するヒンデミットもそうですけれども、ただのベースラインではなくて、ファゴットのハイトーン[高音域]を用いたメロディがよく登場するようになります。
ベースのつくりかたも、昔の作品では、より自然に歌えるベースラインだったのが、ヒンデミットなどもの凄い跳躍しながらベースの役割を担っていたりと、よりアクロバティックな動きをしていたりしますね。
ヒンデミットに関しては、彼の〈ファゴット・ソナタ〉(1938年)は素朴な音色やメロディを使っている作品ですが、今回の〈小室内音楽〉ではもっとハイトーンやロートーンを用いていたり、第2楽章ではピッコロ[フルートが持ち替える高音楽器]とのユニゾン[同一の旋律を奏する]があったりと、この編成だからこそファゴットにいろいろなことを挑戦させているのかな、と感じるところもあります。
ヒンデミットとイベール、その違いの面白さをファゴットのお立場からご覧になると、いかがでしょう。
中田:ヒンデミットなどドイツ系の音楽では、〈それぞれの音が重なり合う厚み〉が面白い、と思っています。
それに対して、今回演奏するイベールの作品は、もともとフランス式のファゴットである〈バソン〉という楽器を想定して書かれているのですが、〈それぞれの楽器が、それぞれの音色のままでいるだけで面白い〉と思います。それだけで曲が成り立っていくのが面白いなぁ‥‥と思うんです。イベールに限らずフランセやプーランクといったフランスの作曲家が残した管楽器の作品を演奏していていつも思うことでもありますが。
楽器、という素材に対する料理の仕方というか、考え方がかなり異なるのですね‥‥。
中田:今回のコンサートでは、途中で楽器紹介をしたあとでイベール作品を聴いていただくのですが、この曲では、それぞれの楽器が個性を持ち合わせていて、それが良い意味でぶつかりながら進んでゆくところを聴いていただけます。
たとえばイベール作品の第2楽章は、フルートとクラリネットの朗々としたデュエット[二重奏]から始まります。一方、ヒンデミット作品の第3楽章の一番最後も、フルートとクラリネットが、同じ旋律を交代しながら吹いてゆくのですが、ふたつの曲を聴きくらべると、〈同じ楽器を使いながらもこうも違うのか〉というところを聴いていただける。どちらも素晴らしい演奏になる予定ですので(笑)。
予定ではなく、決定ということでひとつ(笑)。
中田:(笑)フランス作品のように、個々の音がきらびやかに鳴っている音楽と、ドイツ風の音の厚みが響いている音楽と、両方を楽しんでいただければと思います。
あと、今回は演奏しませんが、ライヒャやダンツィ[1763~1826/ベートーヴェン、ライヒャと同時代の作曲家]などを演奏する場合には、私も楽器全体が素朴に鳴っていたような時代の響きを意識しています。
ファゴットという楽器の響きも、時代を追って個性としてより確立してゆくわけですが、木管五重奏のなかでも、時代によって〈この作品ならこのくらいの音色感でファゴットが突き抜けてくるだろうな〉と考えます。
たとえば現代のリゲティ[1923~2006/20世紀を代表する作曲家のひとり。木管五重奏のためにも傑作を残す]の作品であれば、尖ってエッジの効いたファゴットの音色を期待して書かれただろうな、と考えます。
さきほど、イベール作品がフランス式の〈バソン〉を想定して書かれている、というお話もありましたが、具体的にどのようなあたりにそれが表れているのでしょうか。
中田:たとえば冒頭、ハイトーンで出てくるところなど、バソンならではの〈高音域のセクシーさ〉みたいなものを感じますし、低音域であれば、バロック時代の響きをより残しているバソンのイメージに近いと思います。
低音域と高音域とで、音色の個性が異なると。
中田:私自身は残念ながらバソンを吹いたことはないんですけれども、バソンを聴いたときに、バロック時代の響きを残しながらそのまま音域を高いほうに延ばしていった結果、ラヴェル《ボレロ》やストラヴィンスキー《春の祭典》でのソロのようなセクシーな音色が出来たのだろうなぁ、と感じるんです。
ベルリオーズの作品に出てくるようなばりばりっとした低い音域と、ハイトーンのちょっと鼻のつまったような(笑)セクシーな響きまで、バソンは愛らしい楽器だなぁと思います。
アンサンブル・ミクストの皆さんは、大学在学中に結成されてからそれぞれのソロ活動と並行しながらもずっと一緒に演奏してこられて、それぞれの熟成にともなって、アンサンブルとしての充実も変化してきたのではないかと思います。皆さんそれぞれが、アンサンブル・ミクストという場に感じておられるものを、あらためてお伺いできれば。
まずフルートの梶川さんから。
梶川:いわゆる〈フルート的な役割〉以外のことを学べる貴重な場ですから、なくしたくない経験の場でもあります。
そして、同級生ならではの遠慮のない関係だからこそ、踏み込めるものというのもありますよね。遠慮があるとどうしても妥協するところが出てきてしまうので、たとえ素晴らしいメンバーだとしても突き詰めたものはなかなか出来ない‥‥と外の現場で思うこともあります。なので、私がやりたいことを凄く深く追求できるのは、このミクストのメンバーとの場だと思っています。
それぞれが経験を積んで、いろいろなところから持ち帰ってきたものを、この場でミックスさせてゆける、皆で成長してゆけるというのが、ずっと同じメンバーでやっている醍醐味でもあると思います。皆さん音楽的に成長していっているので、技術的にも、ヴェテランになったなぁと思うこともありますし、演奏が安定してきたことは感じます。みんな頑張っているから私も頑張らなきゃ、という張り合いにもなりますし。
ありがとうございます。オーボエの本多さんにも同じ質問をしたいと思います。
本多:梶川さんのお話の延長になりますが、僕たちはよく、基礎練習や基礎的な奏法についての話をするんです。それぞれの楽器で奏法は違いますが、根本的なことは一緒なんだな、と勉強させてもらっています。そういうことを含めて、お互いにいろいろ議論しあったりすることも、ミクストにいて良いことだと思います。
もちろん〈旋律をどれだけ魅力的に吹くか〉ということはとても大事なことなんですけれども、アンサンブルをやる上で、〈伴奏や裏のメロディの人がどこまで考えて吹くか〉によって、音楽にもぐっと奥ゆきが出てくる、ということはミクストをやってきていつも感じることです。〈音楽の奥ゆきをどのように聴かせるか〉について、いろいろ紆余曲折はあったにせよ、とても勉強になったと思っています。
続いてクラリネットの尾上さんにも。
尾上:変化ということでいうと、学生の時からずっと一緒にやってきて、木管五重奏でコンクールにもいくつか挑戦してきたことで、たとえばミュンヘンのコンクールを受けたときでも、一緒に上まであがっていって一緒に刺激を受けて‥‥皆で成長できてきたと思います。ずっとこの先も、妥協することなく、お互いに切磋琢磨していけたらと思っています。
モーツァルト《きらきら星変奏曲》で、クラリネットがメロディを吹いている途中でも、最後まで吹かずに〈そこで終わるんかい!〉というところで裏に回ったりしますが(笑)、それは〈木管五重奏として良いもの〉を届けたいと思って取り組んでいるからなんです。
ミクストの場合、それぞれ素晴らしいソリストであることはもちろん大事なんですが、ソリストが集まって一人一人が輝くというよりも、〈木管五重奏って素晴らしいんですよ!〉ということを届ける、その姿勢でやってきたからこそ、長く続けていられるんだと思っています。
ファゴットの中田さん、いかがでしょうか。
中田:たぶん私、いちばん自由に吹かせていただいているんじゃないかといつも思うんですけど(笑)、メンバーが皆うますぎて、なぜか私の伴奏につけてくれてたりする(笑)。みんな凄いなぁと思いつつ、それぞれの場で仕事をしているメンバーが久しぶりに集まっても、だんだん学生時代と同じ顔になって、同じ温度で合わせを進めてゆけるんです。
お互いの活動、お互いの演奏を尊重し合いながら、〈また集まりたい〉という気持ちを皆が持っているというのも、ずっと続けてこれている理由なのかなと思います。それぞれの人生を過ごしながら、またミクストに戻って音楽がしたい、という気持ちを持ち続けているんです。
また、ミクストでは〈こういう風に考えていたけれど、こうも考えられるのか〉という風に、5人の目で音楽がみられるのも凄く面白い。いろいろな視点を得られる場所でもあるんです。それぞれが吸収してきたものを、お土産のように持ってきて、広げて、楽しんで‥‥ということを繰りかえしていければいいなぁと思いますね。
他の木管五重奏を聴いているときでも、ミクストのメンバーが吹いていたら、ということを想定しながら聴いてしまうんです(笑)。ミクストならこうするな、ミクストでもこれ演ってみたいな、と。皆もそれぞれそう思っているでしょうし、その信頼感と共に、学生時代の心をそのまま持ちながら、社会人として成長しながら、活動をずっと続けていければ、良い化学反応も得られて、新しいミクストになっていけると思っています。
ホルンの嵯峨さんにもお伺いできれば。
嵯峨:ホームというか、安心できる場所ということは共通していると思いますが、5人それぞれに活動している場もありますので、そこで吸収してきたものを持ち帰ってきて、もし自分がそこで成長してきたとしたら、それをお披露目できるところでもあると思います。たとえばオーケストラの曲を木管五重奏にアレンジした作品をミクストで演るときも、「私はここでこれを演って良かった」「私はこちらで‥‥」と、いろんな情報を交換しあえる場所でもあるんです。
逆に、ミクストで経験してアンサンブルとして培ったものを、オーケストラや違う室内楽など、外へ持っていくこともあります。木管五重奏を通して、他の木管楽器についての知識を得ることができるので、それはオーケストラの中でも生かすことができるんです。オーケストラでのホルンは、木管楽器とのアンサンブルが多いので、たとえば自分とオーボエが同じ音を吹いているときに、こう演ったら融け込ませることができる‥‥といった風に、ミクストでの経験が生かされることもあります。
音楽活動においての支えになっていますし、外での経験をミクストに持ち帰るだけではなくて、ミクストでの経験を他でも生かせている‥‥ということがあっての〈ホーム〉。一緒に勉強して、高め合っていける場所なんだなぁと思っています。
コンサートも心から楽しみにしております。長時間にわたって、皆さんとても豊かなお話をいただきまして、本当にありがとうございました。
【付 記】
アンサンブル・ミクストの皆さんにお話を伺いました。
こんなご時世ですので、直接お会いすることは避け、リモートで同時中継というかたちで5人にお話を伺いました。ご協力いただいたメンバー・関係者の皆さんに深く感謝申し上げます。
〈木管五重奏〉というアンサンブルは、吹奏楽をはじめアマチュアの音楽愛好家の皆さんにも広く親しまれていますが、とくに楽器を演奏するわけでもない大多数の愛好家の皆さんには、逆になかなか実際の演奏に触れる機会が少ないのでは‥‥と思っていきました。
しかしながら、歴史あるジャンルだけに、愉しい作品から聴きごたえ深い作品まで、聴きこんでゆけば傑作・秀作・力作の尽きないのが〈木管五重奏〉。その魅力を《昼の音楽さんぽ》シリーズをご愛聴いただいている諸賢にも、あらためて深く味わっていただければ‥‥と、以前から考えてはおりました。
と、今季はアンサンブルのシリーズでいきましょう‥‥という方針が決まったところで、〈木管五重奏〉を取り上げるチャンス到来!とばかりに、アンサンブル・ミクストの皆さんにご出演をお願いすることになりました。
なにしろ聴いてびっくりの高水準に磨かれた凄腕アンサンブル、この編成を初めてお聴きいただくかたにも、トップレヴェルの名演から入っていただければ、きっと〈木管五重奏〉の魅力をストレートに感じていただけるでしょうし、聴き馴れた皆さまにもご満足いただけるはず。
プログラムも、練りに練っていただきまして、とても素敵な選曲になりました。ぜひ、ホールで豊かな時間をご一緒に‥‥。
コンサート当日まで、皆さま引き続きくれぐれもご自愛くださいますよう。
[山野記]