《雄大とゆく 昼の音楽さんぽ》、嬉しいことにご好評をいただいて6シーズン目へ入ったところで‥‥コロナ禍の厳しい状況で延期公演も出ましたが、この秋から冬にかけて、感染防止対策に万全を期したうえで、3つの公演をお楽しみいただきます。ぜひご期待ください。
12月9日(水)の第24回には、テノールの望月哲也さん、バリトンの青山貴さんをお迎えして贅沢な声の饗宴をお楽しみいただきます。おふたりともそれぞれオペラ界を代表する人気はもちろん、宗教曲やソロなど幅広く活躍、その美声と確かな表現力で絶賛を浴びてきたひとです。実は高校の合唱部で先輩・後輩だったというこのお二人に加えて、オペラの表現や発声法を熟知した名ピアニスト・河原忠之さんを共演に迎える豪華なステージです。
3人とも、がっしり立派な体格の音楽家‥‥ということで命名されたという、大人気グループ〈IL DEVU〉[イル・デーヴ/テノールの望月哲也、大槻孝志、バリトンの青山貴、バス・バリトンの山下浩司、そしてピアノの河原忠之と、太メン5人による重量級クラシック・ヴォーカル・グループ(公式HPより)]のメンバーとしても活躍中。気心知れた、そしてお互いの芸術に深く信頼を寄せる3人の共演は、《昼さんぽ》シリーズのご案内をつとめます、わたくし山野もとても楽しみにしております。
今回は、その冬のコンサートへ向けて、まず、望月哲也さん、青山貴さんのおふたりにお話を伺いました。そしてさらに、ピアノの河原忠之さんにもお話を伺うことができましたので、あわせてお届けしたいと思います。
[聞き手・構成/山野雄大(音楽ライター)]
◆重唱の喜び、ソロの魅力‥‥
今回のコンサートのために、バラエティにも富んで魅力的な選曲をしていただき、嬉しく思っています。まず、プログラミングについてお伺いできれば‥‥
青山:このたびは《雄大と行く 昼の音楽さんぽ》に出演させていただけること、たいへん嬉しくありがたく思っております。コンサートが全部で60分ということで、プログラムには有名な曲もまじえながら、望月さんにまとめていただきました。
望月:なるべくバラエティ豊かに並べたい、という思いからプログラムさせていただきました。オペラばかりでなく、素晴らしい歌曲の世界も楽しんでいただけたら、と思っております。
青山:テノールとバリトンの二重唱、といえば真っ先に挙がるのが、ヴェルディ《ドン・カルロ》とビゼー《真珠とり》です。この2曲を軸に、他のアリアや歌曲を並べました。
◆テノール&バリトン、友情の二重唱
コンサートの最初にお二人に歌っていただきます、ヴェルディ《ドン・カルロ》より《我らの胸に友情を》。テノール&バリトンの二重唱の魅力をまず強く印象づける曲ですね。
青山:いきなりクライマックスのような曲で始まりますが(笑)、ザ・名曲です!
望月:数あるオペラ作品の中でも、テノールとバリトンによる二重唱は、そんなに多くはありません。その中でも有名なのが、ヴェルディのこの作品です。
青山:カルロは彼の愛する女性が、父親である国王フィリッポの妻になろうとしていることを知り苦しんでいる。そこに現れるのが、部下であり、幼い頃からの友人でもある忠臣ロドリーゴです。ロドリーゴは彼を諫め、死ぬ時まで助けると友情を誓います。この2人が三度でハーモニーを奏でる部分がとても美しくて力強く、ぜひ聴いていただきたいところです。
望月:この曲は《友情の二重唱》と称されることもあって、その2人が三度でハモり続けるところが、堅い友情を印象づけると思います。そのアンサンブルにも注目していただきたいです。
◆このうえなく美しいものを
同じく二重唱作品から、プログラムの最後に置いていただいた、ビゼー《真珠とり》より《聖なる神殿の奥深く》。これは、ヴェルディとはまた違った魅力のある作品ですね。
青山:これは、テノールとバリトンならどなたでも一度は歌った事があると思います。ビゼーの代表作といえば《カルメン》ですが、あれはスペインが舞台。この《真珠採り》はインド洋のセイロン島が舞台で、どちらも異国への想いが色濃く出ている作品です。
望月:日本ではあまり上演機会のない作品ではありますが、この二重唱は特に有名だと思います。いかにもフランスの作曲家らしい、メロディの美しさとフレーズの長さが特徴です。
青山:ナディールとズルガは同じ女性レイラに憧れ、愛している事をお互いに知ってしまいます。悩み、ぶつかりそうになりますが、この場面ではやはり2人の友情が勝り‥‥この上なく美しい二重唱が歌われます。有名なテーマの部分を、どれだけピアノ(弱音)で美しく聴かせられるか、が要の曲です。
望月:この曲も、いわば《友情の二重唱》ではあるのですが、先のヴェルディの二重唱のような「強さ」「逞しさ」に対して、こちらのビゼーは「優雅さ」「美しいものに憧れるさま」が存分に表現されている曲だと思います。
◆ふたりが歌うオペラ・アリア──《カルメン》の名曲たち
お二人それぞれにもアリアや歌曲を披露していただくのですが‥‥まず、望月さんにお伺いいたします。同じビゼーから、《カルメン》を選んでいただきました。この大人気オペラから今回の《花の歌》は、独立してもよく歌われる名曲ですし、オペラのなかでもその美しさが際立つ曲でもありますね。
望月:実はこれまで、《カルメン》のホセという役にはあまり興味がなかったのですが(笑)、これは近年よく歌っている曲です。
《真珠とり》同様に美しいメロディが描かれているのですが、そこにホセの真剣な思いが相まって、役としてかなり「入り込める」曲目です。真面目な男が恋に人生を狂わされて、殺人までしてしまう。全編を通して人が変わっていくその様子を、上演の時には意識しています。
青山さんも、同じビゼー《カルメン》から選んでいただきました。闘牛士の歌《諸君の乾杯を喜んでうけよう》は、オペラの中でも特に鮮やかな光のあたる、そして他の登場人物たちとのバランスにおいても面白い役回りを担う名曲でもありますね。
青山:バリトンのアリアでは最も有名な曲です。実は、エスカミーリョという役はバス・バリトンの方が声は合うので、僕には少し低いかも知れませんが、コンサートでこのアリアを外すことは難しい。どなたでもメロディをご存知の曲です。
オペラの中で、エスカミーリョの出番は多くありませんが、登場する場面の、このアリア1曲だけで、絶大な存在感が出ます。酒場に現れたエスカミーリョを熱狂的に迎える人々‥‥それに答えて彼が、闘牛士の人生・魅力を皆と共に歌う。とにかく、いま自分の持っている最大限の声を使って、より高らかに、勇ましく歌えるようにいつも心がけています。
◆ふたりが魅せる歌曲の世界──山田耕筰、そしてラヴェル
おふたりそれぞれのソロとして、オペラだけではなく歌曲も披露していただくのも愉しみです。まず望月さんは、山田耕筰《雨情民謡集》を選んでいただきました。野口雨情の詩から非常に芸術的で豊かな音世界をつくりだした名作です。
望月:近年、山田耕筰という人にとても興味があり、いろいろ調べています。なかでも《雨情民謡集》は、藤原義江[1898~1976/戦前・戦後を通して活躍した大人気テノール歌手。藤原歌劇団の創設者]が初演した作品ということで、テノールを意識した作品であることから、これまでにも何度か演奏会で取り上げています。
日本語を西洋音楽のスタイルに載せることの先駆者である、山田耕筰という作曲家の魅力をお楽しみいただけたらと思います。
青山さんは、フランスの作曲家ラヴェルの《ドゥルシネア姫に想いを寄せるドン・キホーテ》[詩:ポール・モラン]を選んでいただきました。奇しくもラヴェルの遺作ともなった作品ですね。
青山:騎士道の物語を読んで、自分を英雄と思いこんで旅に出るおじさん‥‥ドン・キホーテの話は、さまざまな作曲家によって、いろいろな形で曲になっていますが、なかでもラヴェルの《ドゥルシネア姫に想いを寄せるドン・キホーテ》は、3曲からなるバリトンのための歌曲集で、非常に美しくてかっこ良い曲になっていると思います。
今回、オペラからは《カルメン》と《真珠とり》を歌いますが、その流れから、フランス語の歌曲を歌ってみたいと思い、このラヴェル作品を選びました。ピアノからフォルテまで、3曲の中で表現の変化の幅が求められる作品ですから、響きの良い第一生命ホールにも、とても合っていると思っています。
◆声楽を知り尽くした名ピアニスト・河原忠之さんを迎えて
今回、今回、ピアニストには素晴らしいことに、河原忠之さんをお迎えすることができました。おふたりとも共演の長い、オペラ表現のすべてを熟知された大ヴェテランですが、河原さんのピアノの〈凄さ〉はどのようなところにあるのか、ぜひお伺いしたいと思います。
望月:かれこれ15年くらいのお付き合いになりますが、特にオペラ作品の伴奏では、オーケストラのように豊かに支えてくれますし、さらにシューベルトやシューマンなどのドイツ・リート[歌曲]の時は、非常に繊細な色彩を意識して下さって‥‥本当にいつも驚かされるばかりです。
青山:まさにその「お一人なのにオーケストラの音を思わせてしまうダイナミックな音色」こそが、河原さんのピアノの魅力だと思います。目が合っていなくてもビリビリと伝わってくる気迫‥‥オペラの世界に没入することが出来ます!
望月:音楽以外にも、いろいろなことに興味を持たれる方だと思います。昨年はラグビーで盛り上がりました!そして一緒にお酒を飲む事もあるのですが‥‥お強い!レモンサワーとシークワーサーサワーの魅力は、河原さんに教えてもらいました(笑)。
青山:僕と河原先生との出会いは、僕が新国立劇場オペラ研修所の研修生だった時で、2001年です。イタリア・オペラを中心に教えていただき、大変お世話になりました。だから今も「河原先生」と呼んでしまいます(笑)。いつも音楽と真摯に向き合われ、練習の時はその真剣さに目を奪われますし、共演の時には舞台上で教えられているような気持ちになります。
先生の仕掛けてこられる音楽にたじろぎ、音楽が凄すぎてなかなか返すことは出来ないのですが、いつか互角に渡り合えるように‥‥などと無謀な事を思っています(笑)。
◆お互いのことをどう見ていますか?
ところで、望月さんと青山さん、共演も数多いおふたりはお互いのことをどのように感じていらっしゃるか‥‥というあたりも、ぜひお伺いしたいですね。
青山:僕は「望月先輩」と呼んでいます。
望月:既にご存知の方も多いと思うのですが、高校の先輩・後輩でして。
青山:高校の合唱部で、僕が1年生の時の3年生だったのが望月先輩でした。15歳の時からお世話になっています。その先輩と、今では同じグループで活動出来るなんて、本当にありがたい縁を感じています。1年生にとって3年生は神のような存在ですよね(笑)。パートもテノールとバスで違いますし、高校生の当時からものすごく上手だったので、当時はほとんどお話しする事は出来なかったと記憶しています(笑)。
望月:その頃の彼はすごーく痩せていたと。多分今の半分くらいのサイズだったのでは?
その当時はそんなに話をする事はなかったけど、その後、芸大を目指すことになり、私の家に来て勉強したりしてました。その後はお互い、よく太りました!(笑)
青山:先輩が芸大に入られて、僕も追うように声楽を志しました。恩師の鈴木寛一先生を紹介して下さり、芸大を受験する時には、無償でソルフェージュを教えて下さったりもしました。以来ずっとお世話になっており、これからもお世話になれればと勝手に思っています(笑)。
昔から思っていましたが、望月さんは誰からも頼られるかた、皆に優しいかたなので、そのような人物面が、音楽や声にも現れているのだと思います。後輩の僕が言うのはおこがましいですが‥‥
望月:ここまで一緒に歌ってこれたことは素直に嬉しいですし、今後も今回のようなジョイントの機会に恵まれるといいな、と思います。いつも変わらず、立派な声で、ワーグナー《ニーベルングの指環》のヴォータン役を務められる、日本で唯一無二の存在です。ところが、その素晴らしい声とは反対に、日常はすごくゆったりと時間が流れている人なのかな、と思います。歌声と話し声のギャップがすごい(笑)。
◆〈IL DEVU〉の今後にも期待を
大人気ヴォーカル・グループ〈IL DEVU〉[イル・デーヴ]のほうですが、こちらの今後の活動は‥‥?
青山:つい先日、7月下旬に3枚目のCDを録音させていただくことが出来ました。このような大変な時期に、本当にありがたいと思っています。このCDが1人でも多くの方に聴いて頂けたら良いですね!
望月:CDは今秋発売予定です(追記:9月30日発売)。10月には、ホームとも言えるハクジュホールでコンサートを行う予定でしたが、こちらは延期になってしまいました。2020年の春から延期になっているコンサートも来年以降、順次組まれていますので、どうぞご期待ください。
青山:まだ中止が決まっていないコンサートも何とか行われるように‥‥と思います。新しいCDの曲には、今までコンサートで歌っていない曲もあるので、それも含めてお届けしたいと思っています。クラシックにあまり触れたことの無いかたにも聴きやすい曲もまじえながら、クラシック音楽に触れるきっかけになるような演奏活動が出来たらと思います。
望月:〈IL DEVU〉のサウンドが、聴いてくださるすべてのかたの癒しになればいいな、と思っていつも歌っています。個人としては、これは青山さんも一緒ですが、中止になった《マイスタージンガー》が来年に予定されるようですし、リサイタルも予定しています。
青山:ソロとしての活動も大変難しい時期ですが、来年は5月にリサイタルをさせていただけそうなので、この大変な自粛の時期に考えたことを表現出来ればと思っています。オペラも、なんとか再開出来れば最高ですが、どうなるか分かりませんし、準備だけは怠らないようにしたいです。
◆望月さんと青山さんから、お客さまへのメッセージ
コンサートを楽しみにいらしてくださるお客さまに、おふたりそれぞれひとこといただければと。
望月:自粛期間中、しばらく喪失感に包まれましたが、少しずつ自分を取り戻すべく、毎日練習はしています。ふだんは「喉を休ませる」時間を作るよう心がけていましたが、しっかり毎日声を出して、本番に備えています。まだまだ歌のジャンルは、通常に戻るには時間が必要かもしれませんが、皆さまの前に立って演奏する時まで、しっかり充電、準備したいと思います。どうぞ皆さまもお身体に気をつけて、今を乗り切りましょう!
青山:まさに予想外の事態で、状況も日々変わっており、気が休まる事がありませんが、皆様はいかがお過ごしでしょうか‥‥。少しずつですが、さまざまな活動が再開されていますし、このコンサートが行われる12月には、今よりもっと状況が好転していることを、心から願います。
体調に気をつけ、12月にお会い出来ますように。大変な時期に来て下さることに想いを馳せながら、演奏する喜び、聴く喜びを共有出来るように、精一杯頑張りたいと思います!
◆生きる意味、音楽の喜び ―ピアニストの河原忠之さんからメッセージ
そして、ピアニストの河原忠之さんにもお話を伺うことができました。3人が共にメンバーでいらっしゃる〈IL DEVU〉の活動についてなど、最新の動きと今のお気持ちなどを中心に、メッセージをいただいております。2011年のデビュー以来、コンサートはいつも即完売という人気の〈IL DEVU〉ですが、新しいアルバムを録音した、というニュースをきいて、ファンの皆さんにも強い励みとなるのではと嬉しく思っております。
河原:つい先日、3rdアルバムの録音・撮影を終えました。今回は5年ぶりのアルバムとなりますが、今の時期として、多くのかたに聞いて欲しいアルバムとなりました。当たり前だと思っていたことが変わらざるを得なくなり、自分の存在意味を考えているかたも多くいらっしゃると思いますが、ぜひこのアルバムを聞いていただき、生きる希望を感じて頂けましたら、本当に嬉しく思います。
数々のオペラ公演やコンサートも中止・延期となる厳しい状況のなかで、レコーディングが実現したことは、本当に素晴らしいですね。
河原:忙しいスケジュールの中、皆がぽっかりとスケジュールが空いて、この録音ができたことは、もっと〈IL DEVU〉として多く活動しなさい、と神様に肩押しされたような気持ちでいます。僕も含め色んな仕事をやりながらの〈IL DEVU〉の活動となりますが、死ぬまで続けていきたいものの一つです。
音楽家の皆さんも、このコロナ禍では非常な危機に直面されているかと存じます。
河原:ふだんは大学の先生と音楽活動をしておりますが、大学もこの未曾有の事態で、どう存続していったらいいかの正念場です、音楽活動も中止・延期の連続で、心を痛めております。
その中で、この状態の中でだからこそ見えてきたもの、自分の存在意義、生きる意味などを考えるようになりました。
10月あたりから、ぼちぼち演奏会が再開予定です。今までと同じように、音楽に真摯に取り組み、少しでも心が傷ついている皆さんに癒しの音を届ける事ができましたら幸いです。
演奏家にとっても、生活できなくなる方がいたり、途方にくれている人が少なくない状況の中で、演奏会ができる喜びを噛みしめ、今感じる、そしてできる全てをお送りします。
どうか、御来場いただき、聞いていただきましたら幸いです。よろしくお願い致します。
私たち聴き手にとっても、生の演奏が聴ける、ということの素晴らしさを、あらためて強く刻み直します。コンサートを心から楽しみにお待ちしております!
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【付 記】
望月哲也さん、青山貴さん、河原忠之さんのお話をお届けいたしました。
こんなご時世ですので、直接お会いすることは避けて、メールでインタビューさせていただいたものを再構成しております。ご協力くださいましたマネジメント各位に深く感謝申し上げます。
コンサートの現場はもちろん、日常生活にも厳しい状況が二転三転と落ち着かない状況が続きますが、コンサートホールにも音楽の時間が戻ってくること《昼さんぽ》でお逢いできることを心から強く願っております!
皆さまもひきつづき、くれぐれもご自愛くださいますよう。 [山野記]
本格オペラ歌手による太メン・ユニットIL DEVU結成10周年!
3rdアルバム「LOVE CHANGES EVERYTHING」が9月30日(水)発売!
力強く、優しく、温かく。心を元気にする滋養強壮歌をお届けします!
収録曲:夜明けのうた/いのちの理由/糸/鴎/花は咲く/夕焼け/アンパンマンのマーチ/ラヴ・チェンジズ・エブリシング/ユー・アー・ソー・ビューティフル/ポル・ウナ・カベサ/ケ・セラ・セラ(日本コロムビア)
オフィシャルサイト https://columbia.jp/ildevu/release.html