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アーティスト・インタビュー

大萩康司&鈴木優人

雄大と行く 昼の音楽さんぽ 第15回
大萩康司&鈴木優人 ギター&チェンバロ
緻密と大胆を美しく極める

   お昼どき、瑞々しい音楽と楽しいトークでお届けする90分‥‥《雄大と行く 昼の音楽さんぽ》は秋も素晴らしい音楽家の皆さんをお迎えします。10月12日(金)の第15回では、大萩康司さん(ギター)と鈴木優人さん(チェンバロ、ピアノ)という珍しい組み合わせのデュオをお迎えします!

 煌めくリズム感にしなやかな詩情も見事な俊英・大萩康司さんは、この《昼の音楽さんぽ》がリニューアル・スタートしたばかりの第2回で、凄腕の兄貴・鈴木大介さんとのデュオでご登場いただきました(2015年9月3日)。本シリーズ初の再登場アーティスト、そのギターから美しくあふれる色と歌と‥‥レパートリーの持ち味を最大限に、そして明晰にひきだして聴き手の胸に響かせてくださる大萩さんの魅力は今回、チェンバロ/ピアノとの共演というめったに聴けない組み合わせでさらに広がります。

 鈴木優人さんは、チェンバロはもちろんピアノ、オルガン、指揮‥‥と演奏家としてのさまざまな貌すべてでトップクラスの活躍をみせるだけでなく、舞台演出や作曲も素晴らしいという、まさに驚異の才能。作曲では、《昼の音楽さんぽ》第4回(〈福川伸陽&三浦友理枝 ホルンとピアノの万華鏡〉2015年12月15日)で、鈴木さんがモーツァルトをいろいろな作曲家風に料理してみせた新作《モーツァルティアーナ》が世界初演されて大好評でした。本シリーズではその第4回に続いて、今度はプレイヤーとしてご登場いただきます。

 このおふたり──大人気ゆえにスケジュールを合わせるのも大変! ──が、その才能を昇華して新たな世界をひらくデュオ、今回は古典から現代の秀作まで、【19世紀ギター&チェンバロ】【20世紀ギター&チェンバロ】【20世紀ギター&ピアノ】と3つの組み合わせで多彩を魅せてくださいます。繊細な楽器同士の豊かな対話と丁々発止‥‥希有のデュオを体感していただく機会を前に、おふたりにあれこれお話を伺いました。

[聞き手・文:山野雄大(音楽ライター)]
              

〈ギターとチェンバロ〉、

珍しいデュオが聴ける貴重なチャンス

ギターとチェンバロ、という組み合わせで二重奏を聴いていただく機会はとても珍しいですから、今回の《昼さんぽ》にいらして下さるお客さまもぜひ、新鮮な出逢いを楽しみにしていただきたいと思います。

大萩:あまり知られていない古い曲から始まるんですが、聴いていただくかたには、何も知らない世界から始まって、コンサートが進むにつれてだんだん時代を追って20世紀の作品になり、コンサートが終わる頃には現代の作曲家の作品を聴いて、そして現実に戻って‥‥と楽しんでいただけるようになっています。

バロック音楽の世界から始まって、終わる頃にはアジア料理が無性に食べたくなっているという構成になっておりますね(笑)。

鈴木:ほんと楽しみだなぁ、これ。終演後はホールの近くにフードコートもありますしね。

鈴木さんにはチェンバロとピアノを弾き分けていただきますし、大萩さんもギターを2種類弾き分けていただくので、【19世紀ギター&チェンバロ】【20世紀ギター&チェンバロ】【20世紀ギター&ピアノ】と3つの組み合わせでお聴きいただくわけですね。さまざまな響きの色を楽しんでいただけますね。

大萩:今回は、チェンバロとピアノ、両方の楽器を使えるということだったので、だったら自分も、19世紀ギターと現代のギターを使って‥‥と考えたんです。お互いが、それぞれ違う楽器を使うので、何通りかの組み合わせが出来るじゃないですか。それも面白いなと。

鈴木:もうこれは大萩さんプロデュースで。曲目も、今回の中で私はポンセくらいしか知らなかったので「いろいろ教えてください」ってお願いして。

大萩:ときどきお会いするときに「こういう曲ありますよね」というお話をしたりしながら、少しずつ「これとこれは出来るかな」とプログラムを考えていきました。

昔、ジョン・ウィリアムズ[オーストラリア出身の名ギタリスト(1941~)]が、ラファエル・プヤーナ(チェンバロ[ハープシコード])、ジョルディ・サバール(ヴィオラ・ダ・ガンバ)と共演して『ギターとハープシコードのための音楽』[1971年録音/Columbia (Sony Classical)]というアルバムを作りました。このアルバムにも今回演奏していただく、ルドルフ・シュトラウベやポンセ、ドジソンの作品が収録されていますが‥‥

大萩:あれはかなり参考にさせていただきました(笑)。

この珍しい組み合わせのデュオ・アルバムとして先駆的な一枚だったと思いますね。

大萩:さすがジョン・ウィリアムズは先見の明があるなと思いました。ずっと先を見据えていた人なんだ、と。でも、彼のそのアルバムを知ったのは最近で、この鈴木&大萩デュオを演ることが決まってから‥‥

この編成の作品を探している過程で、あのアルバムにも出逢われたと。

大萩:「あ!これもこれも入ってる! 」と(笑)。

鈴木:[今回のデュオも]レコーディングしたいですねぇ!

あ、それはいいですね!


チェンバロとギター、お互いへの〈憧れ〉

大萩康司2016_c_ビクターエンタテインメント_white_s.jpgそもそも〈ギターとチェンバロ〉という組み合わせのコンサートを聴ける機会もめったにないですよね。

大萩:最近なかったかも知れませんね。

鈴木:僕にとってはほとんど初めてと言っていいかも知れません。以前、〈B→C〉[東京オペラシティのコンサートシリーズ〈B→C(ビートゥーシー:バッハからコンテンポラリーへ)〉]にチェンバロとオルガンのソロで出たとき[2008年5月13日/#102]に、1、2曲はゲストと演っていいということだったので、ギターの佐藤紀雄さんと一緒に演ったんです[松平頼則〈ギターとチェンバロのための3つの小品〉]。アンコールで、今回もとりあげるポンセ〈前奏曲〉も演りました。松平さんの作品は指定のテンポではとても弾けない大変すぎる曲でしたが(笑)。

〈ギターとチェンバロ〉という組み合わせではそれ以来というわけですか。

鈴木:今回のように、コンサートまるごとというのは初めてですね。はじめは[この編成の]曲が足りないかなと思って、ソロ曲も入れなければいけないかなとも考えていたんですが、意外にあったという。

大萩:これでも何曲か削ったんです。探したら他にもこの編成の曲があって、でも「これは今回は無理かも‥‥」と思って外したり。今回はそれぞれの楽器を使って時代を追うわけですが、それに加えて、【19世紀ギター&チェンバロ】【20世紀ギター&チェンバロ】のそれぞれで、音の重なりかたの違いが面白いというところもあります。選んだ作品も、18世紀のルドルフ・シュトラウベから、現代のフェビアン・レザ・パネさんの作品まで幅広いので‥‥。

鈴木さんはギターと共演されたご経験、多いですか?

鈴木:友との宴で呑みながら(笑)。演奏での共演ということでしたら、リュート[中世~バロック期に盛んだった撥弦楽器]とはもちろん多いですが‥‥チェンバロ奏者にとってギターとは、羨望を隠せない、いちばん羨ましい楽器なんです。

大萩:えー‥‥

鈴木:チェンバロでは出来ない領域で、弦をはじくことができる。僕らは[チェンバロの内部で]爪が弦をはじいて音を出しているわけですが、ギターは弦に直接触れている。

大萩:チェンバロの内部奏法って無いもんね(笑)。

鈴木:言ってみれば、チェンバロは棒で弦をはじいているようなものなので。それに対してギターは、楽器を抱いて直接弦に触れて演奏している。まるで愛する人のように弾いてるじゃないですか。羨ましいなぁって思います。

大萩:ギターとチェンバロは、発音の原理は一緒なんですけど、ギターはギターで、鍵盤に対する憧れというのがやはりあります。ギターはどれほど頑張っても6弦しか張っていないので、最大で6つしか音が出せないわけです。それが鍵盤なら10は音を出せる。ギターの場合、[音程が]細かく集まっている音‥‥短2度が3つ、4つと重なるといった和音が凄く出しにくいんです。バロック時代の鍵盤楽器でいうと、アッチャッカトゥーラ[短前打音]で音を濁らせるような奏法がギターには凄く苦手ですし。

音の配置に制約があるわけですね。

大萩:作曲家でギターを弾かないかたにとっては「なんでこれが出来ないの?」と思うことがたくさんあるそうです。そういったところを、ギターとチェンバロでお互いに埋めていくこともできるかなと思いますし、ギターにしか出来ない技もいろいろありますので。チョーキング[弦を弾いたあとにその押さえている指で弦を引っ張って音高を変える奏法]や、スティール・ギターのようにボトルネックを使ってうにゃ~んという音を出したりもできるし‥‥まぁそれが今回のプログラムに入っていないのが残念なんですが(笑)、そういう奏法を入れた新曲をいつか書いてほしいなぁと思いますね。

鈴木:アンプを使い始めたら、それはそれで凄い曲が出来そう。

大萩:そういうことも面白いですねぇ。


ギターとチェンバロ──バッハをめぐって

鈴木優人2_(c)Marco Borggreve .jpgギター奏者のチェンバロへの憧れ、というあたりをもう少しお伺いしてよろしいですか。

大萩:最近、ジャン・ロンドーという奏者が、バッハのリュート組曲[ハ短調 BWV997]をチェンバロで弾いているのを聴いたんですが、これがもう。バッハでは、ギター奏者が必ず通る作品〈プレリュード、フーガとアレグロ〉BWV998[リュート曲からギター用に編曲されて盛んに弾かれている]も、チェンバロで弾かれるのを聴くと‥‥

鈴木:BWV998、このあいだ僕も弾いたなぁ[2018年3月21日〈鈴木優人チェンバロ・リサイタル〉]。

大萩:そう!それ聴きたくてトッパンホールに行ったのに、開演時間を間違えてて聴けなかった(笑)。このBWV998は僕も今度、霧島国際音楽祭で弾くんですけど‥‥

鈴木:えっ!‥‥僕も弾く!(笑)

大萩:えっ!(笑)でも同じ日じゃないよね?

鈴木:7月29日かな[〈鈴木優人チェンバロ・リサイタル〉@みやまコンセール]

大萩:僕は7月20日だ[〈ザビエル教会コンサート Vol.1 4人の豪華ソリストによるバッハ名曲ガラ・コンサート〉]

鈴木:知らなかった!(笑)

音楽祭に行かれるかたは、ぜひ聴き比べていただいて(笑)。

大萩:バッハを弾くとき毎回、チェンバロの響きのようにギターでも出来たら‥‥と思いながら弾いています。もちろんリュートの響きもいいんですけれども、チェンバロは均整の取れた響きがしますし、きらきら輝いている。そのチェンバロの響きがいつも頭の中にある。

鈴木:僕は逆に、この曲はバッハが唯一リュートもしくはチェンバロのために書いた作品として、[チェンバロで弾くときも]リュートのように自由に弾きたいなぁと思う。

大萩:ああ!そうなんですね!

鈴木:チェンバロで弾くと、構造的にかっちり弾いちゃう。ギターは自由に弾いてますよね。

大萩:そうなっちゃうんだろうね。

鈴木:肌に触れているからかなぁ。永遠に羨ましいです。

今回のコンサートでバッハ作品はありませんが、ふたつの楽器の関係を考えるときに鍵となる作曲家でもありますし、デュオのコンサートを楽しまれたあとに、実演やCDでそれぞれバッハを弾いたソロ演奏をお聴きになってみるのも楽しいかと思います。


シュトラウベとボッケリーニ

──19世紀ギターの魅力、ガット弦の特徴

★DSC_3815_(C)山野雄大.jpg今回はまず【19世紀ギター&チェンバロで聴く】の第1曲として、ルドルフ・シュトラウベ[1717~1785頃]の〈ソナタ第1番〉(1768年)をお聴きいただきます。18世紀、バッハ時代の作曲家ですが、あまり広くお馴染みのかたではないですね。

鈴木:オルガニストのカール・シュトラウベ[1873~1950/ライプツィヒ・聖トーマス教会のカントルを務めた]しか知らなかった(笑)。カールは今回とは全然関係のない20世紀の人ですが。

大萩:バッハ時代の人ということで、時代は違うんですが19世紀ギターを使ったほうが音のバランス的にはいいのかな、と。

鈴木:作品としては、どちらかというと前古典派的というか、カール・フィリップ・エマヌエル・バッハ[1714~88/大バッハの次男、後世に大きな影響を残した]から毒を抜いたような感じ、というか(笑)。非常に聴きやすい曲ですよね。

大萩:そうですね。

鈴木:第3楽章は変奏曲になっていて、大萩さんの技が光るかと思います。

続いてルイジ・ボッケリーニ[1743~1805]の〈序奏とファンタンゴ〉[1768年]、これは今回の演目のなかでは比較的知られた作品ですね。

大萩:有名な曲もひとつくらい入っていないと、ということで(笑)。

原曲は〈ギター五重奏曲第4番〉G.448より第3・4楽章で、これをギターとチェンバロ用に編曲したヴァージョンでお聴きいただきます。

大萩:これはジュリアン・ブリーム[1933~/イギリスのギタリスト]が編曲したものですね。

このシュトラウベとボッケリーニ、2曲で大萩さんが弾いていただく19世紀ギターとチェンバロとの音の相性などについて、すこしお話いただけますか。

大萩:以前《サントリーホール チェンバーミュージック・ガーデン》で、バッハ・コレギウム・ジャパンの原田陽[はらだ・あきら/ヴァイオリン]君をはじめとしたクァルテットと、19世紀ギターで共演したことがあって[2016年6月22日/共演:原田陽、堀内由紀(ヴァイオリン)、廣海史帆(ヴィオラ)、新倉瞳(チェロ)]、みんなでガット弦を張って弾いたんです[ガット弦:現代のスチール弦やナイロン弦が登場する前から使われてきた、羊腸製の弦]。パガニーニの作品などを演ったんですが、そのときに感じたのは、19世紀ギターにガット弦を張ったときの音の鳴りかたは、弾く瞬間にこすれるときのノイズがけっこう多いんです。ギターだけでなくヴァイオリンもそうなんですが、実はその〈こすれる音〉というのが大事。

鈴木:ヴァイオリンでもチェロでも、スチール弦を使うかガット弦を使うか‥‥と議論になるときに、ガット弦が一番文句なく優れているのは、ピツィカート[弦を指ではじいて発音する奏法]の音色です。逆にハーモニクス[倍音奏法。指で弦に軽く触れて弾くと倍音だけが鳴り、柔和で澄んだ高い音が出る]はスチール弦のほうが安定するのですが、その点で、ギターは[ヴァイオリンの]ピツィカートのように全部はじいて弾くわけですから、ガット弦のほうが‥‥ギターをアルコ[弓]で弾くことは‥‥(笑)

大萩:無いですね(笑)。ガット弦を張ったギターの場合、弦をこするノイズと実際に出てくる音が重なるときに、音が飛んでゆく要素のひとつになるみたいで。それに気づかせてもらった機会だったのですが、今回使う弦も、ガット弦だとチューニングにあまりにも時間がかかりすぎるので、ガット弦の〈こすれる音〉を出せるナイルガット弦[ガット弦の響きをナイロン弦のような素材で再現したもの]を使ってみようかと思っています。

鈴木:へええ! そうなんだ‥‥でもガット弦も聴いてみたいな。チューニング、待ちますよ(笑)。

大萩:待ってくれる? (笑)ガット弦も使えたら面白いですよね。そういえば、初めてガット弦を使って演ったとき、緩徐楽章の手前で弦が「ばちんっ! 」って切れたんです。

鈴木:ええっ! それはけっこうヤな思い出ですね(笑)。

大萩:袖に戻って弦を張り替えているあいだに、原田君が「これは絶対にパガニーニの仕業です」ってMCでフォローしてくれてました(笑)。

今回はこうして、現代楽器だけではなく19世紀ギターとナイルガット弦など、時代の変遷と音色の変化とを楽しんでいただけるプログラムですから、時間を旅するように楽しんでいただきたいですね。


〈20世紀ギターとチェンバロ〉

★DSC_3841_(C)山野雄大.jpg続いて第2部【20世紀ギター&チェンバロで聴く】では2曲、まずマヌエル・ポンセ[1882~1948/メキシコの作曲家]の〈前奏曲〉[1926年]は、ギター界の巨匠セゴビアと親交があってギター曲も多いひとの作品ということもあって、今回のなかでは、さきほどのボッケリーニとならんで、比較的知られた作品かなと思いますが‥‥対して、スティーヴン・ドジソン[1924~2013/イギリスの作曲家]は、日本ではあまり知られていないひとではないでしょうか。

鈴木:今回、こういうレパートリーをたくさん教えてもらえるので‥‥これ全然知らなかったです。

ドジソンはオペラやオーケストラ作品、劇音楽や室内楽などさまざまなジャンルのために曲を書いてイギリスで人気を博した作曲家でしたが、ギター作品も多いひとだそうですね。今回は〈デュオ・コンチェルタンテ〉(1968年)という、ギターとハープシコード(チェンバロ)のための二重奏曲をお聴きいただきます。

大萩:非常に弾きにくい場所もありますが、ギターとチェンバロ、お互いのいいところが出ている曲だと思うんです。合わさったときが「これってどうやって書かれているんだろうなぁ」という感じの合わさりかたをしているので、面白いですね。

大萩さんは、この曲をいつお知りになったのですか?

大萩:パリに留学した次の年くらいに、ドジソンさんご本人のマスタークラスを受ける機会があったんです。どんな曲を書くんだろう‥‥と調べたらこの曲が出て来て、学校でチェンバロを弾く人に頼んで参加しました。ドジソンさんはそのころ既にお歳を召していらっしゃったんですけど、とっても穏やかなかたでした。

演奏を聴かれたドジソンさんはどんなことを仰いましたか。

大萩:「もっと自由に、自由に」と。[先述の]譜割りと拍子が合わない感じのところ、「これってどういう考えで書かれたんですか? 」と訊いたら「あんまり考えてない」って仰ってて(笑)。もしかしたら小節線が無くてもいいような箇所が幾つかあって、そこは厳密に考えなくてもいいと。あまり多くを語らないひとで、あのマスタークラスはなんだったんだ、とも思うんですが(笑)楽譜に縛られなくていい、という安心感は与えてくれました。

鈴木:作曲家ってそういうこと言うひと多いですよね。ラヴェルみたいに「私の楽譜に解釈は必要ない、厳密に弾いてくれればいい」というタイプの人がいちばん怖いんですが、その逆も多い。怖いひとに「弾けない場合はどうしたらいいんですか」ときくと「音楽をやめればいい」とか言う(笑)。

作曲家としての鈴木さんはどちらのタイプですか。

鈴木:あ、もう僕は完全に[怖くない]後者だと思います。自分の曲を演ってもらうときは恐縮しちゃうんですよね。

なにを仰いますやら(笑)。鈴木さんからご覧になって、このドジソン作品はいかがですか。

鈴木:よく、チェンバロを弾かない人がチェンバロ作品を書くと、とんでもない音域で書いちゃったりするんですけど、この〈デュオ・コンチェルタンテ〉はそのあたりちゃんとしています。

大萩:ご本人がチェンバロを弾いたかどうかは知らないんですが[註:ドジソン夫人のジェーン・クラークはハープシコード(チェンバロ)奏者として活躍]、この〈デュオ・コンチェルタンテ〉も前奏のチェンバロがとってもかっこいいんですよね。これは優人君が弾いたら絶対いいだろうなぁと思って、この曲はぜひ演りたいと。

有名な曲もいいですけれど、あまり知られていない作品でも素敵な曲がたくさんある、ということをこのドジソン作品をはじめ、今回のコンサートでお聴きいただく曲で感じていただければ嬉しいですよね。

大萩:名曲も、たくさん聴かれてきたから名曲になったわけで。演奏される機会が多くて良いパフォーマンスが重ねられていけば、ね。


ギターとピアノの対話──寺嶋陸也〈エクローグ第1番〉

★DSC_3907_(C)山野雄大.jpgコンサートの最後は【20世紀ギター&ピアノで聴く】として2曲。今回は〈ギターとチェンバロ〉そして〈ギターとピアノ〉、それぞれ組み合わせの違うあたりからも、いろいろな面白さが見えてくると思います。

鈴木:作曲家目線で言うと、ギターもチェンバロも両方とも撥弦楽器[弦をはじいて音を出す楽器]なので、ちょっと苦労しそうだなという感じではあります。〈2本のギター〉という編成の曲はけっこうあると思うんですが、そこで2本の楽器が拮抗するほどに、チェンバロがギターのように自由自在にできるかというと、そこが課題。ギターはもちろんハーモニーを弾けますが、チェンバロはより広い音域で弾けるかわりに、機動性はギターほどは無い。しかしそのへんの役割分担というか、楽器の違いがまた楽しいと思います。

そうですね。

鈴木:これが〈ギターとピアノ〉になると、ピアノは打弦楽器[弦を叩いて音を出す楽器]ですから、全然違う音響になるわけです。

大萩:お聴きになるかたも、それまでのチェンバロとの共演から〈新しい耳〉になると思いますし、そのあたりは特に、[フェビアン・レザ・パネさんの作品の前に演奏する]寺嶋陸也さんの〈エクローグ第1番〉[1999年]で、ギターとピアノが会話しているような感じにもあらわれていると思うんです。

鈴木:この寺嶋さんの作品も面白い曲ですよね。順番にソロみたいに出てきて、一緒に演ったりまた離れたり‥‥レシタティーヴォ[叙唱、朗唱]風なところもあったり‥‥。今回のコンサートでは、〈ギターとピアノ〉だとヴォリュームとかどうなのかな、と気をつかいますね。

大萩:これは鈴木大介さんが初演された作品です。ちゃんとギターが鳴るように書かれていて、まったく無理がないですし、かといって薄っぺらくもならない。本当にギターのことをよくご存知だなと思う楽譜です。

鈴木:寺嶋さんも〈演奏する作曲家〉ですね[ピアニスト、指揮者としても活躍]。ピアノもギター風に書いているところがあります。ギターの奏法に影響を受けるような感じで弾いてほしいのかな。

大萩:ピアノからギターに受け渡されるとき、声部が一緒に同じ音色で受け渡されるとすごく綺麗なんだろうな‥‥という曲です。どういう風に相手に受け渡すか、がポイントになる作品だと思います。

牧歌(エクローグ)的な呼び交わしといいますか、対話の距離感、みたいなものが曲の魅力の芯でもありましょうか。

大萩:そうですね、お互いの対話の距離感。何度か演奏したことがあるんですが、ピアノとギターの混ざりかたが本当に綺麗な曲なんです。


昂揚の彼方へ

──フェビアン・レザ・パネ《織りなす魔法の踊り》

★IMG_2195.JPG寺嶋さんの次、コンサートの最後に演奏されるフェビアン・レザ・パネさんの書かれた、ギターとピアノのための《織りなす魔法の踊り》[1999年]も素敵な曲ですよね。

鈴木:これ楽しみだなぁ。

大萩:バリ島の音楽みたいな、エキゾティックな感じのある曲なんです。後半がケチャのダンスみたいな。

鈴木:(楽譜を見ながら歌い出す)

大萩:そんなに速く弾けないですよ(笑)。ご本人が六本木のスイートベイジルで演奏されているのを聴きに行ったことがあって、綺麗な音に「凄いピアノだなぁ! 」と。

鈴木:推測なんですけど、ピアノの用法において、寺嶋さんとレザ・パネさんは対照的なのかも知れません。寺嶋さんの曲は、ピアノが音数を抑制して対話するのですが、レザ・パネさんのこの曲はピアノも同じように攻めていく。

大萩:ギターがずっと16分音符で弾いていて、途中に休符があってもそこにピアノがざくざく入って来る。

鈴木:まさにケチャ的な。大変だ‥‥練習しよう(笑)。

大萩:そんな大変じゃないよ(笑)。馴れるとハマっていく楽しい感じ。

コンサートの最後に聴いていただくには最高ですね。

大萩:そうなんです。コンサートの後にはカレーでもタイ料理でも食べに行っていただければ(笑)。

鈴木:むしろ我々がバリ島にこの曲を演奏しに行きたいですねぇ(笑)。

寺嶋さんの曲も、フェビアン・レザ・パネさんの曲も、初めてのかたにこそ、面白さや繊細さ、冴えた才気を味わっていただきたいですね。この《昼の音楽さんぽ》シリーズは、現代作曲家の面白い作品もしばしば取り上げていただいているのですが‥‥。

鈴木:そうなんですよね。僕もこのシリーズには先に作曲家として登場していた(笑)。

《昼さんぽ》第4回で世界初演された鈴木さんの《モーツァルティアーナ》も大好評でした。

鈴木:冗談みたいな曲でしたが(笑)。

そのパロディがまた卓抜で素晴らしかったです。演奏家が作品の良さを存分に引き出して下さっていることもあって、いらっしゃるお客さまも、初めて聴く作品に抵抗感を持たず積極的に楽しんでくださるかたがとても多い。拍手の熱量からも、アンケートからも伝わってきます。

鈴木:それは良かった‥‥。

大萩:実は、鈴木さんと共演するこのコンサートが決まったとき、〈チェンバロとギター〉のために新しい曲ができたら面白いな‥‥と考えていて。以前、ギターのソロ曲を書いていただいた作曲家の小出稚子さんに「ギターとチェンバロ、って興味ありますか? 」と訊いたら「いつか書いてみたいです」と仰ってくださって。

鈴木:それは書いてほしい。

大萩:すごく面白い音響の作品を書かれるかたなので、将来的に彼女にも〈ギターとチェンバロ〉で新曲を書いてほしいなと。忙しいかたなのですぐには難しいかもしれませんが。

鈴木:ぜひいつか書いてほしい。彼女は新曲を聴いてみたいと思わせる数少ない作曲家のひとりです。‥‥今回は〈ギターとチェンバロ〉のレパートリーを集めた〈第1回〉のコンサートでもあるので、今後もいろいろやりたいですね。

大萩:いろんなものを演ってみて、いろんなところを見てみたいなという気持ちもあって。今回は、聴いてくださるかたはもちろん、演奏している自分たちも、いろんな可能性を探してみたいな、というコンサートでもあります。‥‥いつか優人君にも〈ギターとチェンバロ〉の新作を書いてほしいですね!