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アーティスト・インタビュー

©山野雄大

川畠成道

雄大と行く 昼の音楽さんぽ 第12回
川畠成道 つよく優しきヴァイオリン

 《雄大と行く 昼の音楽さんぽ》第12回には、誠実に個性を磨く素晴らしいヴァイオリニスト・川畠成道さんをお迎えします。川畠さんの得意とする華麗な小品、詩情美しい小品など‥‥色とりどりに集めた曲はそれぞれ〈自身もヴァイオリンを弾いた作曲家たち〉の残した作品たち。楽器を良く知る作曲家ならではの表現、その多彩を、ヴァイオリンに人生を捧げる演奏家が、心つくして歌い響かせます。コンサートに先立ち、今回演奏していただく曲について川畠さんにお話をうかがいました。
[ききて・構成:山野雄大(『昼の音楽さんぽ』ご案内役)]

選曲のコンセプトは〈ヴァイオリンを弾いた作曲家〉

川畠:今回の選曲のコンセプトは〈自身もヴァイオリンを弾いた作曲家〉です。

作曲家によっては、ピアノが得意だった人もいれば、弦楽器が得意だった人もいるわけですが、今回はヴァイオリンということになります。

川畠:ヴァイオリンを弾いた作曲家ですぐに思い浮かぶのは、パガニーニ、ヴィエニャフスキ、サラサーテ、イザイ‥‥といったところですね。それ以外にも〈ヴァイオリニスト=作曲家〉はいっぱいいるんだということを知っていただく機会にもなると思います。

今回はエルガー《朝の歌》にはじまり、イザイ《子供の夢》、彼の無伴奏ヴァイオリン・ソナタから第3番の《バラード》‥‥と、いろいろな作曲家の作品を聴いていただきますが、さまざまなタイプの人たちが並んでいますね。

川畠:「それぞれの作曲家がどのくらいのレヴェルでヴァイオリンを弾けたのか」というのも、作品に現れていると思いますね。演奏家として活動をしていたパガニーニ、ヴィエニャフスキ、サラサーテ、イザイ‥‥に比べて、[今回取り上げる]他の作曲家たちは「ある程度ヴァイオリンが弾けた」ということになります。

エルガーやドヴォルザーク、先に挙げたシェーンベルクですね。エルガーは若い頃にヴァイオリンを教えていましたし、ドヴォルザークも子供の頃からヴァイオリンを習って劇場のオーケストラでヴィオラを弾いていた人ですから、弾けたには違いないとはいえ。

川畠:パガニーニやサラサーテとは弾けたレヴェルが格段に違うわけで、その差が曲調や作風の違いにあらわれるあたり、演奏して感じるところもあって面白いところです。演奏会当日のお話でもそのあたりに触れさせていただこうと思っています。

とはいえ〈弾ける、弾けない〉と作品の良し悪しは比例しないですよね。

川畠:しないと思います。[曲を書くときに]ヴァイオリンの指板がすぐに思い浮かぶ作曲家と、それ以前に音楽表現が思い浮かぶ作曲家と、という違いであって、良し悪しとは関係ないです。ただ、ヴァイオリンを弾いている立場としては[両者の違いを]感じるところがある、ということですね(笑)。

ずば抜けて弾けた人〉の書いた曲と、こう言ったら失礼ですが〈そこそこ弾けた人〉の違い、はあるでしょうねぇ。

川畠:〈ヴァイオリンを弾かない作曲家〉の作品を演奏する場合には、けっこう難しい動きも出て来たりしますけれども、それをいかに自然に聴かせるか、がヴァイオリニストの腕の見せどころ、ということになります。ところがパガニーニやサラサーテのように[自身が]ヴァイオリンのヴィルトゥオーゾであった作曲家たちの作品は、ヴァイオリニストにとってはやさしいなと思いますよ(笑)。演奏は難しいんですけれども、手にはやさしい。

いちど手に入ってしまえば弾きやすい、ということもあるわけですね。

川畠:そういう感覚はあります。

またこれも面白いのは、20世紀を代表する名ヴァイオリニストのひとりとして愛された、ナタン・ミルシテイン(1903~92)の《パガニーニアーナ》という無伴奏作品ですね。これは、ミルシテインがやはり超絶技巧の鬼才として知られたニコロ・パガニーニ(1782~1840)のヴァイオリン作品から編んだ、彼へのオマージュとも言うべき作品ですから、楽器を知り尽くしたヴァイオリニストが、音楽史に輝く〈ヴァイオリニスト=作曲家〉の作品をまた生まれ変わらせる‥‥という仕掛けです。

川畠:前回のCDアルバムが『無伴奏の世界|川畠成道』という、無伴奏作品ばかりを集めたもので[2015年/JVCケンウッド・ビクターエンタテインメント]、そこにもこの《パガニーニアーナ》を収録しました。10分前後の作品ですが、その中にパガニーニ作品のさまざまな要素が組み込まれていて、すごく密度の濃い曲だなぁと。イザイなどと同様に、弾いていて手にはまりやすいというか、ヴァイオリンの機能を知り尽くした人の作った曲で、動きに無駄がないうえに表現の幅が広いドラマティックな作品ですから、初めて聴かれるかたにもいろいろなものを感じて楽しんでいただけると思います。

楽しみにしております。

初披露のレパートリーも!

今回、ヴァラエティに富んだ演目をご用意いただいたなかで、個人的にはシェーンベルクの〈幻想曲〉Op.47を入れていただいたのがとても嬉しいです。川畠さんと山野さん.png

川畠:自分もふだん演奏活動をするなかで、なかなか演奏する機会のない曲なんです。というより、演奏活動を始めてからは初めてになります。学生時代にはよく弾いていたので、手にはしっかり入っている曲なのですが、演奏会で弾くのは今回が初めて。

川畠さんのファンの皆さまにとっても、秘蔵のレパートリーを聴くことのできる貴重な機会ということになりますが、これまで演奏会で取り上げてこられなかったわけですね。

川畠:この作品は十二音技法[註:シェーンベルクらが確立した技法で、オクターヴの中にある12の音を均等に使うことで、長調や短調など調性の支配から離れた新しい音世界をつくった]で書かれているのですが、こういう現代作品を取り上げる機会が少ないんですよね。

そうですか。

川畠:20世紀の作品では、バルトークの〈無伴奏ヴァイオリン・ソナタ〉などは演ります。バルトークはいわゆる十二音技法の部分もありながら、民族的な要素の強い作品なので弾いていましたけれども、このシェーンベルクの〈幻想曲〉は初めてですね。

学生時代に初めてこの作品と出逢った時に、どのような印象をお持ちになったか覚えていらっしゃいますか?

川畠:いわゆる〈美しいメロディ〉がきこえてくる曲ではないですよね。音のひとつひとつを単体で取り上げている、というような。ですから、はじめの印象としては‥‥表現が適切がどうか分かりませんけれども、パッチワーク的なものを感じたんですよ。頭で考えている実験的な音楽かな、という。それをいかに自然で生きた音楽にするかというところは、演奏する側に求められる大事なことなのだ、と今は思います。初めて弾いた当時にそれをどこまで考えていたかは不明ですけれども。

パッチワーク的な印象をもった音楽を、自然で生きた音楽にするために、どのようなアプローチをされているのでしょうか。

川畠:これから演奏会までの数ヶ月でそれを考えていくわけですけれども(笑)、自分が演奏活動におけるメインのレパートリーとしている19世紀以前の作品たちと、同じようなアプローチになると思います。音楽には〈呼吸〉というものがあって、〈音の美しさ〉というものも追究していかなければいけないし、いわゆる〈組み合わされた音〉をどのように旋律として感じられるか‥‥そこには試行錯誤が必要だと思いますね。

シェーンベルクの作品には、楽譜をみてみると、古典音楽の構造や形式への強い意識が表れながら、しかし音のならびは十二音技法などを用いているので、聴いた印象がまったく古典的ではない‥‥というものも数々あって、過去への視線と未来への視線が交差するような面白さ、もありますね。

川畠:この曲も〈幻想曲〉というだけあって、いろいろな要素が曲の中に持ち込まれていると思うんです。色々なものが次々と入れ代わり立ち代わり現れる。

短い中にも、ぎゅっと濃縮されたものがありますね。「分かろう」と身構えるより、浴びるような気持ちで身を委ねていただくと、印象のうつろいを楽しんでいただけるのかな、とも思います。

川畠:いわゆる調性のある音楽ではないので、聴いてくださるかたにとっても、ふだん聴く機会の少ない作品だと思います。どのような印象を持たれるのかは楽しみでもありますね。演奏の前に作品の解説も少しさせていただければと思います。

解説していただくことで、不思議な印象の中にも近寄りやすい面白さを感じていただけるかと、楽しみにしております。

川畠:クラシックの演奏会を聴かれるお客様、特にふだん演奏会に足を運ばれることの少ないかたにとっては、どうしてもある種の壁というか、緊張感があると思うんです。そうしたものを取り除いて、リラックスした状態で音楽を感じていただきたいのです。そのためにも、演奏の前に少し、曲の聴きどころや、自分がこのような想いで演奏しているとか、そうしたことをお話させていただくことで、聴き手の皆さんのなかに曲がより入っていけばと思います。

この《昼の音楽さんぽ》のシリーズでは、‥‥別にご出演していただく皆さんに強制しているわけではないんですけれども(笑)〈ふだんなかなか演奏会でできない曲〉にもチャレンジしていただく、という隠れコンセプトがあります。日本初演や世界初演も数々おこなわれてきましたが、これがまたお客さまから大好評をいただいております。演奏家の皆さんが、ステージで親しく作品をめぐってお話いただいていますから、初めての曲やあまり聴かれない曲でも、ぐっと親しく感じていただけるコンサートですし。

ヴァイオリンの魅力は〈歌〉

川畠:ヴァイオリンの魅力は〈歌う楽器〉であることだと思っています。〈旋律をいかに美しく奏でるか〉という‥‥それがヴァイオリンの役割だと思っているので、今回のプログラムでも、そこを感じていただけるような演奏を心がけたいですね。その〈歌いかた〉も、曲が生まれた時代や地域によってだいぶ異なると思いますけれども‥‥作曲家それぞれの個性を生かした表現で、聴いて下さるかたに〈歌〉を感じていただければと思います。

たとえば今回弾いていただく、イザイの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第3番ニ短調《バラード》も、歌と語りの渾然一体となったような素晴らしい表現が溢れてくる傑作ですよね。

川畠:自分はイザイの作品が好きで演奏会でもよく取り上げているのですが、中でも今回演奏する《バラード》は、決して長い曲ではないですけれども、さすがにヴァイオリンのことをよく知り尽くしているな‥‥と感じられる様々な技巧を使いながら、それがすぐに音楽表現に繋がっているという感覚を持てる曲なので、弾いていても楽しいですよ。

川畠さんが愛奏されてきた作品もたくさんご用意いただいております。

川畠:今回のプログラムでは、初めて弾くシェーンベルクは別として、これまで長いこと弾いている作品が多いんです。長い期間をかけて回数を重ねて弾いてきますと、曲に対する想いも自分のなかで変わってきます。またこれから、演奏会までの数ヶ月でどのような表現をつくっていくのか‥‥同じ曲を演奏するにしても、その前後に弾く曲によっても多少は違ってきますし、あるいは弾いている会場や聴いてくださる方々によっても違ってくるところがあります。

曲順も慎重に考えなければいけないということですね。

川畠:大事ですよね。

今回の《昼の音楽さんぽ》は休憩なしの90分ですが、曲のあいだにお話も挟みますので、組んでいただいた曲順も、まさに散歩路のように楽しんでいただけるかと思います。

川畠:今回の演奏会は〈ヴァイオリンを弾いた作曲家〉というコンセプトを決めて選曲をさせていただきましたけれど、こうしてみると、いろいろなタイプの曲があって、作曲家の時代も地域もバラエティに富んでいますから、ヴァイオリンという楽器の持っている魅力を、いろいろな角度から楽しんでいただけるのではないかと思っています。

今回はピアニストに山口研生さんをお迎えいたします。山口さん.png

川畠:最初に弾いていただいたのは学生時代ですから、30年くらいになりますか。そのあと少し間があいていますが、それでも17、8年は共演していると思います。長い期間、いろんなステージを一緒に経験していますし、安心感を与えてくれるのはもちろん、ものすごく自由を与えてくれるピアニストで、とても弾きやすいです。

ヴァイオリンとピアノ、呼吸の合ったところも楽しんでいただけると思います。ともあれ、ぜひ自由に楽しんでいただければと思っています。

川畠:そうですね。あるがままに感じて聴いていただければと思うんですけれども、今回の選曲には技巧的な曲も多く含んでいますけれども、いわゆる技術を披露するものではなくて、それを使いながら〈歌〉を聴いていただくものですから、それぞれの旋律が持つ美しさを感じていただければと思います。シェーンベルクのような作品に〈メロディ〉があるのか?と思われるかたもいらっしゃるでしょうけれど、作品の持つ世界というものがある。

シェーンベルク作品にも、調性こそ無いし古典的な歌ではないけれど〈旋律〉はあるわけですしね。

川畠:作品の美しいメロディを感じて、そこに注目して聴いていただくと、音楽が聴かれるかたの中により入って行くのでは無いかと思います。‥‥クラシック音楽は何百年も、どんな時代にも受け容れられてきた音楽ですから、一回一回の演奏でその魅力を楽譜から蘇らせていくのは演奏家の役割ですし、その魅力を一人でも多くのかたに知っていただくこと、これも演奏家の大事な役割として与えられているものだと思います。

演奏は一期一会、そのたびに新しいものですね。

川畠:その日によって表現も当然違うものですから、初めて聴かれるかたにとっては、自分の演奏が基準になってしまうかも知れないというある種の重圧もありますけれど(笑)、たびたび演奏会に足を運ばれるかたにとっては、よく聴かれる作品も多いと思います。その中に自分ならではのオリジナリティも感じていただければ嬉しいです。また、聴き手のかた一人一人が、生きてこられた道のりと重ね合わせて聴かれる、ということもあると思いますから、いろいろな聴きかたがあると思うのです。特に器楽、台詞の無い音楽ですから、千人のかたがいらっしゃれば千通りの聴き方がある。そうした、いろいろな聴き方が出来ることが、音楽の面白いところだと思います。