室内楽で共演するのは初めてだそうですね。
堀:N響でピアノ協奏曲を萩原さんと共演した時に、素晴らしいソリストだと思いました。
ピアノ四重奏曲第1番での共演です。
萩原:この曲は私は初めて演奏します。
堀:萩原さんに合っていると思いますよ。持っている音が魅力的でリッチで、ブラームスにぴったりですから。
萩原:まだブラームスが20代の頃の作品ですが、私も今20代。ブラームスが憧れたクララ・シューマン(注:作曲家ロベルト・シューマンの夫人でピアニスト)の初演ですので、私はクララではありませんが、少しでも近づけたらいいなと。
ブラームスはドイツ音楽を体現している作曲家に思えます。堀さんはN響入団前、ドイツでご活躍でしたね。
堀:ブラームスは北ドイツのハンブルク出身で、私は南のフライブルクにいましたので、同じドイツでも雰囲気は違いますね。ハンブルクは曇りが多くて暗いイメージ。ブラームスも気候がいい南のバーデン・バーデンなど避暑地で作曲していましたよね。あの静けさや自然に接していると、美しい音楽が生れるのも分かる気がします。でもやはりブラームスのキャラクターには、北の重厚さがありますね。
萩原さんは、高校卒業後パリに留学されて、もう9年とのことですね。お客様としてはフランスもののイメージが強いかもしれませんが、ブラームスに対してはどんな思いがありますか。
萩原:ブラームスは室内楽作品も好きで色々演奏させていただいています。パリ国立音楽院にいたときに、オランダ人のチェリストと、チェロ・ソナタは2曲とも弾きました。ヴァイオリン・ソナタはまだ人前では演奏していないのですが、家の中で1番と3番を練習だけしています。ヴァイオリン・ソナタ第1番は大好きで、いつか弾けたらいいなと思っているのですが。
堀:ブラームスは何と言っても室内楽。室内楽にはブラームスの世界が一番色濃く出ていますね。
このシリーズは、ブラームスの室内楽をその生涯に合わせて紹介していこうということで、今回は、「若き日の恋」というタイトルがついています。作曲家や曲の背景は、音楽家として演奏する際、どの程度意識されますか。
堀:知識として、どこか頭の片隅にあれば十分だと思いますね。我々の音楽でアプローチしていけばいいと思います。
萩原:私も、知っておくべきだとは思うのですが、楽譜と向き合った時に、もちろん色々な演奏家によって生まれてくる音楽が違う訳です。みんな同じ楽譜を見て、同じ曲の背景や知識を持っていても、何か新しいものが生まれますので、その点も大切にしたいと思います。
今回共演するメンバーは、堀さんに選んでいただきました。
堀:ピアノ四重奏は、ヴィオラが佐々木亮さん、チェロが木越洋さん。佐々木さんは、本当にいい音ですばらしい。N響に入団してきた時、すぐ首席に(なっていただかなくては)、と思った逸材です。木越洋さんも長年N響でごいっしょしましたが、経験が豊富で、独特のカラーがあって、アンサンブルに入ってもらうと全然違う。佐々木さん、木越さんとは、ピアニストの野平一郎さんといっしょに、シューマンやドヴォルザークのピアノ四重奏曲を演奏している仲間です。
萩原さんは、パリでは室内楽も学ばれましたね。
萩原:ピアニストでもソロを弾くのが好きという方もいますが、私はもともと室内楽が好きで、よく弾いていました。(パリで師事した)イタマール・ゴラン先生はすごく時間をかけて緻密にレッスンされるのですが、室内楽する相手とどう音楽をつくっていくかという過程を、本当にたくさん教えていただきました。ジャック・ルヴィエ先生も室内楽をよくなさっていて、とても恵まれた環境だったと思います。
室内楽に昔から興味があったのですね。
萩原:ここ数年、特に興味が高まったのですが、舞台にひとりでいるのはとても寂しいのです。ソロ・リサイタルでも、お客様と音楽を創っていくので、結局ひとりではないのですが、音楽を通して他の方と会話をするのは本当に幸せなことです。ピアニストは小さい頃から孤独なので、その反動で、今は色々な方と関わりながら音楽をしたいというのが強いのかなと思います。
堀:第一生命ホールは、ビルの中にあるのに天井も高く、客席が近く室内楽にぴったりですね。
[聞き手・文:田中玲子]
<堀正文さんN響時代のブラームスのピアノ四重奏曲第1番の思い出>
この曲は、シェーンベルクがオーケストラ版に編曲しています。N響のコンサートマスター時代、プログラム後半にこのオーケストラ版を予定していた演奏会で、前半終了後、指揮者が急病になってしまいました。結局、急きょ指揮なしで演奏することに。ピアノのパートが色々な楽器に割り振られているので大変だったのですが、曲は分かっていますから、なんとか(笑)。36年もN響で演奏していましたので、そんなこともありましたね。(堀正文)