10歳でフィラデルフィア管弦楽団にデビューして以来、世界の名だたるオーケストラと共演している若手ヴァイオリニスト佐藤俊介さん。バロック・ヴァイオリン(注:下欄<バロック・ヴァイオリンとモダン・ヴァイオリン>をご参照ください)の奏者としても、2010年ヨハン・セバスティアン・バッハ国際コンクールで第2位に入賞し活躍の場を広げています。
今回の「昼の音楽さんぽ」シリーズでは、佐藤さんにバロック・ヴァイオリン、モダン・ヴァイオリンを弾き比べていただきます。まずコンサートの幕開けは、バロック・ヴァイオリンでバルツァー作曲の小品を。
シンプルなメロディーとその変奏からなる曲で、この民謡風メロディーは、いわば当時のポップソング。即興で変奏を次々と演奏していくことは、バロック時代、イギリスで伝統的に行われていたそうで、ヴァイオリンのルーツに戻ったと思って、ヴァイオリンの田舎臭い素朴な響きを楽しんでいただければと。
引き続きバロック・ヴァイオリンとモダン・ヴァイオリンで、バッハの無伴奏曲を弾き比べます。
バロック・ヴァイオリンの後、モダン・ヴァイオリンを演奏する方が、どちらかと言えば弾きやすい。バロック・ヴァイオリンの方が、細かい音色づくりが必要で、器用さが求められます。
2つの楽器では、使う弓も違いますね。
バロック・ボウ(弓)は、弓矢の弓のような形で外側にカーブしています。華奢で、軽く、指先の感覚に似て、速い動きや繊細な動きに対応しやすい道具です。逆向きにカーブしているモダンの弓は、長いフレーズなどスケールの大きな音楽づくりに向いています。例えて言えば、より大きな筆で絵を描くような感じでしょうか。
バロック・ヴァイオリンとモダン・ヴァイオリン、どちらも演奏するのは?
この曲が作られた時代に存在していた楽器があり、そうした楽器を想定して生まれた曲があるということです。ですから、レパートリーに合った楽器で弾きたい、というのが大きな理由です。似合う衣裳を着た方がしっくりくるといいますか。また、それによってこういう音が可能なんだ、とか、逆に可能じゃないんだな、など演奏上の発見もあります。バロック・ヴァイオリンとの出会いを教えてください。
アメリカからパリに移った19歳の時です。最初は楽器を借りて、少しずつ時間がある時に楽しみで弾くという感じでしたが、気づいたらかなり真剣になっていました。とにかく音色が魅力的。バロック・ヴァイオリンに張られているガット弦からは、人間の声帯のような音の響きがして、魂がこもっている音だと感じました。もちろん奏法の上でも、即興など、出会ったことのないおもしろさがありました。それまでのトレーニングは、楽譜に書いてあるとおり弾くというものでしたので、書いてないこともむしろ重要というバロックの考え方が新鮮でした。
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使用楽器は、パリに工房を構えるドイツ出身のシュテファン・フォン・ベアが製作したバロック・ヴァイオリン(2009年)とモダン・ヴァイオリン(2007年)。名だたるソリストやベルリン・フィルの奏者たちにも人気の製作家の手による2つの違うタイプのヴァイオリンの聴き比べという点でも興味深いですね。
佐藤さんご自身が「この食べ物が好き、というように、単に本能的に音色が好き」というバロック・ヴァイオリン。スケールの大きなモダン・ヴァイオリンとあわせて聴き比べ、ぜひお客様にもそれぞれの魅力を見つけていただければと思います。どうぞ贅沢なお昼前のひとときをお楽しみください。
<バロック・ヴァイオリンとモダン・ヴァイオリン>
バロック・ヴァイオリンは、作曲家ヨハン・セバスティアン・バッハ(1685-1750)らが活躍したバロック時代に使用されていた楽器。バロック時代には、主に宮廷やサロンで演奏されていたヴァイオリンですが、徐々に、コンサートホールなど大きな会場で演奏されるようになるにつれ、より大きな音が出るような楽器が作られるようになりました。バロック時代に演奏されていたバロック・ヴァイオリンに対して、現在、使用されている楽器をモダン・ヴァイオリンと呼びます。20世紀の後半からは、逆に「バロック時代や他の時代の作曲家たちが、実際に作曲する際に思い描いていた音はどんな音なのだろう」という疑問が起こり、バロック・ヴァイオリンなどをはじめとする、当時の楽器(ピリオド楽器)や演奏法に対する研究が盛んになりました。ピリオド楽器を専門に演奏するアーティストも増えましたが、佐藤俊介さんは、バロック・ヴァイオリンでもモダン・ヴァイオリンでも高い評価を勝ち得ている稀有な存在です。
[聞き手/文 田中玲子]