中央区民カレッジ「クラシック音楽講座 ブラームスがお好き!」と題した講座(講師:有田栄)が開かれました。2回の講義を聴いて理解を深め、12月3日には第一生命ホールでの公演を鑑賞するという全3回の講座です。第一生命ホール公演「小山実稚恵&川本嘉子ヴィオラ&ピアノ・デュオ」では、ブラームス作曲ヴィオラ・ソナタ2曲と、権代敦彦作曲「無言のコラール集」を鑑賞していただくことになっていますが、11月5日の講義には、作曲家・権代敦彦さんがゲストとして参加、ご自身の言葉で「無言のコラール集」について興味深いお話をたくさん聴かせてくださいました。お話を一部抜粋してご紹介します。
●「無言のコラール集~ヴィオラとピアノのための~ Op. 185」が生まれた経緯
この曲は、ピアニスト小山実稚恵さんからの委嘱です。ピアニストからヴィオラとピアノのための曲を依頼されるというのもめずらしいことですが、ブラームスのヴィオラ・ソナタ第1番や第2番を弾く時にアンコール曲として何か短いものを、というのがそもそものお話でした。「コラール」みたいなものがいいな、というのは川本嘉子さんの発想です。ブラームスの作品に「11のコラール前奏曲」Op.122がありますが、川本さんはよくアンコールなどでこの第8曲「一輪の薔薇が咲いて」を弾いています。(2018年、2020年の第一生命ホールでの小山実稚恵&川本嘉子デュオでもアンコールで演奏)
「コラール前奏曲」は、教会でコラール(賛美歌)を歌う前に、オルガニストが即興演奏するものです。コラールは賛美歌ですから言葉があります。この作品を「無言のコラール」としたのは、僕が、作曲の一番重要な行為は、「自ら時間を作っていくこと」だと思っているからです。音楽の最高の形として、言葉を超えたもの、それによって言語世界ではないものに誘(いざな)っていくものが音楽だと思って、そこを目指しています。言葉に音楽をつけるということは、オペラも歌曲もそうですが、言葉の順序に従わなければ成立しないので、時間を組み立てることは放棄してしまうということ。それで、言葉は介さない、あえて"無言の"コラールとしました。ただ、ヴィオラとピアノの響きで、それぞれのイメージを音に託し、音に凝縮していけると考えています。
コロナ禍で、合唱はもっとも敵視されました。教会で集まって歌うということもできなかった。その時期にあって、声を代弁するものを、とも考えました。心の中で言葉を自分で紡いでいく。ただ音としては言葉を発しない。
●「無言のコラール集」の構成
結果的には5曲からなる曲となりました。アンコールでも弾けるように1つ1つの曲は短いのですが、5つのサイクルとなっていて、曲集としては自分の中ではこういう順番で弾かれると1つの作品として聴いていただけるように並べています。
それぞれのタイトルは、(言葉でなく)音で勝負する作曲家としては、こういう方向性で聴いてほしいなというギリギリのところで付けましたが、かなり重要です。
権代敦彦:無言のコラール集~ヴィオラとピアノのための~ Op. 185
Chorale I - Time Bell(時鐘)
Chorale II - Sacrifice(供儀)
Chorale III - Grace(恩寵)
Chorale IV - Knell(弔鐘)
Chorale V - Mandala(円環)
例えば、1曲目Time Bell(時鐘)は、時を打つことに終始しています。時の刻みがやがて鐘の音に変わっていく...鼓動、心臓の音ではないのですが、一定の時を刻んでいく。楽譜を見ていただくと分かりますが、小節が8分の1拍子、8分の2拍子、8分の3拍子、8分の4拍子、8分の5拍子と増えていきます。「シ」が1つの中心音をつくる軸となり、音楽が広がっていきます。ブラームスの時代は、和声の進行で音楽ができているわけですが、この作品には和声的な原理はないので、時間の伸縮で音楽を進めていきます。音楽は時間を切り取ることなので、その刹那で永遠のようなものを掴みたいのです。これが永遠なんだ!と。音楽は本来有限ですが、その瞬間に永遠を見出せる、感じることができたら。そういう瞬間をつくり出したい。音楽を聴いていると、我を忘れて涙したり、どこかに連れていかれたりという経験がおありだと思いますが、何かが積み重なって、ある瞬間に何かが来る、それなんですね。
自分の中で一番好きなのは、4曲目Knell(弔鐘)です。死者を弔うようなイメージ。主音の「シ」は、「死」でもあって、シ・シ・シ・シ・・・と続く音は「メメント・モリ(死を想え)」なのです。死の地平から生を眺め渡すという視点で聴いていただけたらと思います。
ここ数年、ヴィオラ奏者のユーリ・バシュメットのために協奏曲を書いたり、彼のコンクールの課題曲で無伴奏ヴィオラ作品を書いたりしたことで、自分の中でヴィオラという楽器を咀嚼でき自分が表現できる楽器として定着したように感じています。この作品ではこんな高い音は普通はヴィオラでは弾かない、という音も出てきますが、無理をして出しているようなその音がほしいのです。高い音を楽々と出せる楽器だとつまらない。必死の表現を引き出したいのです。
●12月3日の演奏を聴ける方はラッキー?!
この「無言のコラール集」は、6月に松本市音楽文化ホールで世界初演されました。ですから、この12月3日に第一生命ホールで聴ける方は最高にラッキーだと思います。初演の時は僕も演奏家も、初めてで不安がいっぱい。一度演奏すると自信満々で一番いい演奏が聴けると思います。3回目になると演奏家も勝手なことを始めて楽譜に書いていないことも弾いてしまうかもしれない(笑)ので、2回目はおすすめです。
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権代 敦彦(ごんだい あつひこ)プロフィール
作曲家。17歳で「アヴェ・マリア」Op.1を作曲して以来、一貫して「有限の音楽時間」に於ける「死・終焉」と「永遠・無限」の関係を創作の中心主題とし、カトリック信仰に根差しつつも、様々な宗教を横断する独自の死生観・時空観による音楽創作を試みている。
オラトリオから仏教声明に至る、あらゆる分野の作品が180曲程ある。
小山実稚恵の室内楽 第6回
小山実稚恵&川本嘉子 ピアノ&ヴィオラ・デュオIII
日時:2022年12月3日(土)14:00開演
出演:小山実稚恵(ピアノ)川本嘉子(ヴィオラ)
ブラームス:ヴィオラ・ソナタ 第2番 変ホ長調 Op.120-2
権代敦彦:無言のコラール集~ヴィオラとピアノのための~ Op.185
ブラームス:ヴィオラ・ソナタ 第1番 ヘ短調 Op.120-1