昨年6月、モーツァルトの調べとともに新しいオーケストラが出帆しました。発足しました、でも、結成されました、でもなく、出帆です。なぜなら名前が<トリトン晴れた海のオーケストラ>だからです。晴れた日のオーケストラではありません。「コンサートの日、お天気が今ひとつだったらどうするの? 僕のせい?」と心配した愛すべきヴァイオリニスト(後述)がいましたが、ご心配なく。晴れた海、そう晴海がネーミングされているのです。
今年15周年を祝っている認定NPO法人トリトン・アーツ・ネットワーク/第一生命ホールから、音楽の大海原に向かって、音楽好きの声援、いえ、素敵な風をいっぱいにうけて<トリトン晴れた海のオーケストラ>は出帆しました。漕ぎ出した、という響きもいいかも知れません。ただちょっと長い名前なので、晴れオケと呼ぶことにしましょう。
この晴れオケ、音楽ファンの相次ぐアンコールの声に導かれ、10月30日日曜の午後に第2回演奏会を開催することになりました。壮麗な交響曲第41番「ジュピター」を含むオール・モーツァルト・プログラムで、しかも世界最高峰のクラリネット奏者ポール・メイエさんが協奏曲を奏でるという豪華版です。第一生命ホールを仲立ちに、いよいよ定期的な活動が始まる、と音楽評論家っぽく記しておきましょうか。
指揮者はいません。弦楽四重奏団があたかも翼を大きく広げたかのような晴れオケでは、メンバーひとりひとりが主役を演じるので、指揮者のみなさんからお叱りを受けそうなことを言いますが、指揮者を必要としないのです。
そうなりますと、コンサートマスター、つまりリーダーの役割がいつも以上に重要になってくるわけですが、晴れオケにはこの人がいます。日本を代表するヴァイオリニストで、東京都交響楽団のソロ・コンサートマスターを務めている矢部達哉さんです。お天気のことを心配した前述のヴァイオリニスト氏です。
晴れオケは、矢部さんの夢を叶えるべく、出帆したオーケストラでもあるのです。信頼する仲間と最高の音楽を奏でたい、という彼の夢が昨年実現したのです。
「メンバーのアイコンタクト、表情、息づかいも魅力です。音楽のいろいろな風景を僕も楽しみたいと思っています」
夢の、憧れのモーツァルト尽くしを10月30日に第一生命ホールで体感したいものです。
[文:奥田佳道(音楽評論家)]