今回は、なんとも贅沢な新作の世界初演をはじめ、バラエティに富んだプログラムを組んでいただいてありがとうございます。まず、この《昼の音楽さんぽ》で巨匠チック・コリアの新作を世界初演していただけるとは、たいへん嬉しいです。クラシック音楽ファンはもちろん、ジャズ・ファンなど音楽好きのかたにひろく聴いていただきたいですね。
須川「コンサートが土曜日の午前11時開演ですから、この時間ならジャズメンの皆さんも来れる(笑)。もう既に〈聴きにいくよ!〉と言って下さっている演奏家のかたもいらっしゃって」
ぜひぜひご参集いただければと(笑)。
須川「チック・コリアさんは、もともと僕が大ファンだったんです。〈セクステットのための抒情組曲〉という作品がありまして[チック・コリアのピアノ、ゲイリー・バートンのヴィブラフォン、弦楽四重奏のための/1982年]、クラシックの薫り漂う大好きな曲です。他にも《チルドレンズ・ソング》[1984年]も好きですし、有名な《スペイン》[1972年]は自分でも演奏していますしね」
そのうえで、サクソフォンのために新曲を書いていただこうと実際にコンタクトをとられたと。
須川「ブルーノートでおこなわれたライヴに行きまして、島健さん[ジャズ・ピアニスト]に間に立っていただいてご紹介いただき、ご本人にお会いしました。そこからやりとりを始めまして‥‥。チック・コリアさんは、彼をジャズという枠に入れていいのか、という話になりますよね。もう〈チック・コリアの音楽〉じゃないですか」
まさに。
須川「コンテンポラリーな音楽の中で、スーパーテクニックを駆使した現代音楽ももちろん大事ですが、それとも違った現代の響きも大事だと僕は思っています。そのなかで、ほんとうに素晴らしいフレーズをたくさん生み出しているチック・コリアさんにもぜひ新作を書いてほしいと思ったんです。彼の音楽を、クラシックの世界にもちゃんと楽譜を残して、後世の人にも吹いてもらいたいと思うんですよ」
〈アルト・サクソフォンとピアノのためのソナタ《Florida to Tokyo》〉という新作を世界初演していただきます。
須川「既に曲も出来ていて、初演の前にレコーディングもおこなうので必死に練習しています(笑)。《ラ・フィエスタ》みたいなスタンダード・ナンバーの薫りとはまた違った、今のコリアさんが演奏している音楽のスタイルが存分に盛り込まれている作品です。ある程度は玄人好みの曲で、チック・コリアさん好きなかたなら「おおお‥‥来た!」と思っていただけるような作品。時間は13分半ほど、曲名に〈ソナタ〉と入ってはいますが、ソナタ形式というわけではなく、二重奏という意味でのソナタですね。楽譜に全部起こしていただいて、アドリブ部分はないのですが、将来的には自由に崩してアドリブを加えてもいいというお話はいただいているんです。しかし今回はやはり世界初演ですから、譜面に書かれていることを全部きっちり演りたいということで、アーティキュレーションやニュアンスも一緒に考えていこう、とふたりで作業しているところです」
新しい音世界にふれる歓び
コンサートでの世界初演に先立ってレコーディングもされるということですが、そちらの共演ピアニストは?
須川「今回のコンサートと同じ、小柳美奈子です。こんなことを何十年も一緒にやってきて馴れています(笑)」
もう数多くのステージや録音で共演されてきた、完全に呼吸を共にするデュオですね。《昼の音楽さんぽ》にもご一緒にお迎えできて嬉しく存じます。おふたりでは、今回のチック・コリアさんもそうですし、たくさんの新作を初演されてきました。
須川「僕はいろんな作曲家にたくさんの新作をお願いしているので〈委嘱魔〉なんて言われたりしてますが(笑)、もちろんコンテンポラリーな新作も大切に演奏し続けていきたいと思いながら、クラシック音楽という枠から離れることも多いので、批評家によってはクエスチョンマークをつけられるかたもいらっしゃるのですが、今回は許容範囲を広く持ってくださっている山野さんでよかったです(笑)」
幅広く愛しております(笑)。
須川「今回のようなお昼のコンサートでしたら、普段の生活の中に音楽を採り入れて楽しみたいという方たちが聴きにいらしてくださると思うんです。そんなとき、古い時代の音楽ももちろんですが、現代の薫りも欲しいんじゃないかと思うんですね、お客さんも」
そうですね。この《昼の音楽さんぽ》では、〈演奏家のかたがぜひ今こそご紹介したい音楽〉を積極的にご紹介していますので、バロック音楽から現代の先鋭的でハードな新作まで、ほんとうにバラエティに富んだプログラムになっていますし、大変ご好評をいただいています。チック・コリアさんの新曲も、彼の音楽を初めてお聴きになるかたでも、きっと喜んでいただけるかと。
須川「チック・コリアさんはまさに現代の、クラシックやジャズといったジャンルを越えた、世界の音楽シーンのリーダー。そういうかたに新曲を書いていただいて披露できる、というのはとても嬉しいことです。そして、その1曲と一緒に演奏する他の曲をどうするか、今回はギリギリまで考えました(笑)」
美しさこぼれるバロック音楽、吉松隆の傑作《悲の鳥》
今回の須川さんとの《昼さんぽ》、まずはバッハの《G線上のアリア》にマルチェッロ〈オーボエ協奏曲〉と、バロック音楽の名品から始まります。
須川「まずはふだんクラシックを聴いているかたにお馴染みの綺麗な世界から。なにしろ朝ですからね(笑)。この2曲はソプラノ・サックスで吹くんですが、マルチェッロの〈オーボエ協奏曲〉も、もともと色っぽさのある作品ですから、ソプラノ・サックスで聴くとまたいいんですよ」
今回はこの2曲をソプラノ・サックスで、それ以外はアルト・サックスでの演奏になるとのことですね。バロック2曲に続いて、現代の人気作曲家・吉松隆さんの《悲の鳥》を。
須川「これは《サイバーバード協奏曲》[アルト・サクソフォン、ピアノと打楽器、オーケストラのための協奏曲/1994年(須川展也委嘱作品)]の第2楽章から、吉松さんご自身がサクソフォンとピアノ用に編曲してくださったものです。お願いしたわけでなくて、吉松さんがある日突然「書いたよ!」と持ってきて下さった(笑)。いつも大編成のオーケストラと共演している作品ですから、最初は〈えっ、これをサクソフォンとピアノで出来るのかな‥‥?〉と思ったんですけど、そこは天才の作品なんですね。必要なものだけを残して二重奏版になっている。これがとてもいいんですよ。この《悲の鳥》に関しては、語弊ありますけど、もしかしたらオケ版よりもいいのではと思っちゃうくらい(笑)綺麗な作品で。今回のコンサートでも、これだ‥‥と」
《悲の鳥》は原曲の《サイバーバード協奏曲》の中間楽章にあたる曲ですが、まさに悲しみと夢想の融け合うような素晴らしい音楽で、吉松さんが作曲中に亡くされた妹さんへの深い追悼の念も込められているのではないかと思います。協奏曲全体も傑作ですが、この楽章だけでも本当に素晴らしいと思います。
須川「この曲も、今回のリサイタルの中で大きな位置を占める作品だと思っています。協奏曲自体は十数回演奏してきたんですが、この《悲の鳥》はなにしろ泣けますね。名曲だと思います。ピアノとのヴァージョンも、オケ版と同じことを演ろうとしたら〈やっぱりオケのほうがいいね〉って言われちゃうわけですから、ピアノと演るときはどうしたらいいか、ということを考えていくわけです。オーケストラ曲の吹奏楽編曲作品でもそうですが、その編成らしさを出してゆくということが大切」
ピアソラ、ガーシュウィン‥‥ジャンルを越えて愉しく!
コンサートの曲順では、吉松さん作品に続いてチック・コリアさんと。
須川「いきなり新作のソナタを持ってくる前にまず、彼の作品の中でもクラシックの薫りがする名曲を‥‥ということで《アルマンドのルンバ》を聴いていただいてから、心の用意が出来たところで、いよいよソナタへと。 (※注)
盛り上げに盛り上げて、世界初演の新作へ。
須川「そこでどーん!といったところで(笑)、次にピアソラの《アヴェ・マリア》でちょっとクールダウンしていただいて」
これも素敵な曲ですよねぇ。ピアソラは現代タンゴに新境地を拓いて、クラシックの演奏家にも愛される存在ですから、新曲に並べてお聴きいただくのも自然な選曲かと。
須川「そしてコンサートの最後は、ジャズとクラシックを結びつけてジャンルを問わずファンがいる音楽‥‥といえばガーシュウィンですから、メドレー《「すべてを知っている場所」からの便り──ガーシュウィン・メロディーズ》を」
須川さんのアルバム『サキソ・マジック』[2012年]にも収録されているメドレーですね。有名な《サマータイム》にはじまって、ミュージカル《ストライク・アップ・ザ・バンド》や《アイ・ガット・リズム》、オペラ《ポーギーとベス》からこれまた名曲《そんなことはどうでもいいさ》など、さまざまなヒット・ナンバーが、挟間美帆さんの見事な編曲で織り上げられている。これもまたジャンルを自在に往還する素敵な音楽ですね。先鋭的な現代音楽からジャズ、ポップスまで幅広く手がけてこられた須川さんならではのプログラムをしめくくるにふさわしい選曲です。
須川「僕は20歳代の頃からギラギラした現代音楽が大好きでよく吹いていたんですが、同時にジャズやロック、ポップス系のサックスの音も大好きだったんです。サクソフォンの魅力を語るとき、昔はクラシックの人が〈ジャズは違う〉と言い、ジャズの人は〈クラシックは違う〉と分かれていたんです。それに対して僕は〈なぜ?〉と思っていた。両方あってのサックスじゃないか、と。そして僕は両方をずっと続けて、今こうして自然に両方演奏しているわけです」
金色の夢、輝く響き‥‥サクソフォンのよろこび!
美しいメロディやリズムの歓び、ジャンルを越えた音楽の自在を楽しんでいただけるコンサートになると思いますし、サクソフォンという楽器の凄さを味わい尽くしていただける機会ですから、サクソフォンにお馴染みないかたも、お気軽にいらしていただきたいですね。
須川「僕はデビューしてから数え切れないほどのコンサートを演ってきましたが、それでもどこへ行っても〈初めてサクソフォンを聴いた!〉というかたがたくさんいらっしゃいます。今の僕の立ち位置としては、そういう初めてのかたにも楽しんで聴いていただいたり、吹奏楽のゲストステージで吹いたりということが軸になっていますから、まだまだ演れることはたくさんあると思っています」
初めてサクソフォンに触れるかたが、須川さんという最高峰のプレイヤーで体験できるというのも幸せなことだなぁと思いますが、須川さんのコンサートに行けば、よく知った名曲だけでなく生まれたばかりの新作まで、聴き手の世界を広げていただけるのも魅力ですし、サクソフォンならではだなと思いますね。
須川「新しいものもエネルギーですから、今後も続けていきたいですね。また、今回チック・コリアさんの新作が生まれたわけですが、この作品が世界のサクソフォン奏者に演奏されていく、ということも大事だと思っています。一部の人に熱狂的に受け容れられるハードな作品ももちろん必要で大切ですが、そういった現代曲はまだ難しく感じるかたにも、新しい現代の作品を広げていきたい‥‥と思っているサクソフォン奏者もたくさんいるはずです。そうしたプレイヤーにも新作を吹いていってほしいですし、そういう意味でも、僕にまだまだ頑張れるところがあると思います」
須川さんのそうした取り組みが、若い世代も含めて多くのサクソフォン奏者に与えている影響も大きいですね。
須川「僕は自分の生徒にいつも〈生き残れよ!〉とばかり言ってますが(笑)、[音楽は]聴き手あってのことだとはいえ、相手の求めることを全部訊いているだけではダメなんだよ、ということもね。〈自分が何をやりたいのか〉をちゃんと見せていかなければいけないし、しかし聴き手のこともちゃんと考えなければいけない。両方があって初めて文化が成り立つわけですから」
良いものも、押しつけるだけでは理解しづらいですからね。
須川「香辛料が苦手な人にむりやりタイ料理を食べさせても、食べにくいじゃないですか。少し抑えたところから食べていけば入りやすいのかな、とかね。そういうプロデュース力がないといけないのかな、と思うんです」
そういう点で、ソロ活動はもちろん、須川さんたちが続けてこられたサクソフォン四重奏団〈トルヴェール・クヮルテット〉も、サクソフォン愛好家を増やす非常に大きな役割を担ってこられました。演奏が高水準であり続けているのはもちろん、どれを聴いても愉しいというのが凄い四重奏団ですが。
須川「同じメンバー4人でずっと演ってきまして、来年はデビュー30周年ですね。来年秋にはいろんなところをコンサートでまわりますし、それに合わせて発売するCDも既に録っちゃいました(笑)」
来年発売なのにもう録音されたんですか!(笑)
須川「4人の予定が全然合わなくて(笑)どんどん前倒ししていったら今年の春になっちゃった。僕がこれから録るソロCDのほうが先に出ます(笑)」
どちらのアルバムも強い期待と共にお待ちしております。そして、10月15日の《昼の音楽さんぽ》、忘れ難いステージになることを今から楽しみにしております。ぜひ、たくさんのお客様にいらしていただければと。本日はありがとうございました。
須川「ありがとうございました!」
〔2016年6月14日、銀座にて収録〕
(※注) 曲順が当初の予定から変更となり、《アルマンドのルンバ》は新作より後に演奏いたします。